沖縄を深く知るためのガイドブック
編集・出版の沖縄探見社

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最新トピック









日馬富士騒動の陰で消えたもの <代表の編集雑記帳

 トックリキワタがピンク色の花を咲かせている。このトックリキワタは不思議な樹木である。その名のとおり、幹の中央部分が膨らみトックリのような形をしている上、表面には無数の棘が付き少々異様な風貌だが、花はその外形とは違って鮮やかなピンク色である。満開のトックリとは裏腹に、沖縄はぐずついた天候が続き、どこか滅入る気分である。気分が滅入るのは天気のせいばかりではない。それは分かっている。

  ここ半月ほどはテレビのニュースは毎日のように、日馬富士の暴力問題を連日のように取り上げ、日馬富士が引退会見を開いた週などは、情報バラエティ番組はほとんどこの話題一色だった。日本人はこんなに相撲に関心を持っていたのだろうかと思う。おそらく相撲そのものというより、国技の看板を掲げながら、活躍する力士の中心をモンゴル出身者が占める現実が日本人のナショナリズムを棘のように刺激してきたことが背景にあるのだろう。

いずれせよ、飲酒運転の海兵隊員が引き起こした死亡事故や、県内在住の女性を暴行目的で殺害したとして強姦致死などの罪に問われる元海兵隊員で軍属だった男の裁判などが、沖縄ではこの時期にあったものの、全国ニュースではほとんど隅に追いやられたか、まったく触れられない。もともと、北朝鮮の核・ミサイル問題や中国の海洋進出などに関連して「安全保障」については全国的な関心はあっても、その「安全保障」のためにどのような代償を払うか、沖縄がどのような負担を負うか、あまり関心がないことの表れだろう。

 

格安航空券は格安航空券センター









沖縄の基地と性暴力<沖縄探見社の新刊>

民家に押し入り女性の拉致も

戦中から現在まで続く悲劇の数々

A5判 全96ページ 定価1000円+税  沖縄探見社編・刊


基地に絡んで沖縄で繰り広げられた膨大な性暴力の歴史を振り返る本書の概要は次のとおり。

   目を覆いたくなる膨大な残虐事例

太平洋戦争に始まり、米軍統治下を経て、本土復帰後の現在に至るまで絶えることのない、性暴力の数々を紹介する。驚かされるのは件数の多さだけでない。屈強な男たちが大人数で暴行、武器を手に女性宅に侵入、抵抗する女性をメッタ突きなど、凄惨な事件が繰り返される。


  
戦争があおる性暴力の構造を分析

住民の意志とは無関係に、直接、間接に「戦争」に巻き込まれ続けた沖縄。増幅され巨大化した憎悪と差別意識は、飢えた野獣のように社会の最も弱い部分を探し出し徹底的に攻撃する。この構造は、沖縄の支配者が旧日本軍から米軍に転じても変わらなかった。

   犯罪を助長する風潮や法制度

沖縄が本土に復帰した後も、法の下の平等、人権の尊重、情報公開といった民主主義の基本原則よりも、米軍基地を優先させる法制度や風潮が犯罪を助長してきた事実は否定できない。殺人容疑で逮捕された米軍属は「逮捕されることは心配しなかった」と語った。


(お試し読み! 本書を一部抜粋した内容を、こちらをクリックすれば見られます


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すさまじい終戦直後の米兵性犯罪 <沖縄探見社の本

1117日から、うるま市在住の女性(当時20歳)を暴行殺害したなどとして、強姦致死、殺人、死体遺棄の罪に問われている元米海兵隊員で軍属だった男(33歳)の裁判が那覇地裁で開かれているが、終戦直後の米兵による性犯罪のすさまじさは顧みられることは少ない。この状況をみれば、米軍関係者による性犯罪に注目する報道に疑問を投げかけ「性犯罪は日本人でも起こす。たまたま米軍関係者だっただけ」という言葉は出てこないだろう。弊社発刊の『沖縄の基地と性暴力』は次のように説明している。 

「沖縄女性が狙われるのは外出する時だけではない。戦後まもない時期、夜中に米兵が集団で押しかけ女性を拉致する事件も頻発した。あらかじめ女性がいる家に目星をつけておいたようだ。家族が助けようと抵抗すれば、米兵は銃を持っていて発砲も躊躇しない。まさに強盗団の振る舞いである。女性は自宅にいても心休まらない時代であった。

本部町の男性(当時55歳)による証言である。

 「私の家の近所に照屋松助という頑丈な男がいた(中略)そこに突然銃を持った2人の米兵が現われ、妻子に乱暴しようとした。たまりかねた彼は起き上がって来て米兵の前に立ちはだかり、『私も海軍にいたことがあるが、君たちのように非道なことをしたことはない、さっさと帰りたまえ』とどなりつけた。言葉は通じなかったものの、その場は何事もなくおさまり、米兵らはいったん引き上げたかに見えた。ところが、間もなく米兵らが戻って来て、彼を叩き起こし、銃をつきつけて前へ歩くように命じ、前の原っぱに連れ出していきなり射殺したのであった。(中略)

昼のうちにそこらを徘徊していた数人の黒人兵は、家の中に何人かの女性がいるのを見ていたのであろう。その晩おそく、黒人兵らが突然その家の中に踏み込んで来た。大声をあげて逃げまどう婦人たちを追いかけ、1人ずつわし掴みにして闇に消えた。相手は銃を持つケモノたちである。その場に居合わせた男たちには、どうすることもできなかった」『沖縄県史10 沖縄戦記録2』(国書刊行会 1974年)

このほか、次のような具体例がある。

 ・1946(昭和21)年4月7日、首里市(現在の那覇市)の自宅で夕食後、28歳の女性は夫と雑談していたが、3人の米兵が侵入、夫を押さえ込み強姦される

 ・同年6月13日深夜、小禄村(現在の那覇市)の男性宅に米兵2人が侵入。男性が大声をあげると、米兵は逃走しながら拳銃を発射、屋内で寝ていた2人の女性がけがを負う

 ・同年6月22日午前零時半ごろ、小禄村の自宅で46歳の女性が寝ていたところ、米兵(黒人)3人が侵入、拳銃で脅迫して軍部隊の兵舎へ拉致される。同日午前4時ごろには、大里村(現在の南城市)の自宅で19歳の女性が寝ていたところ、雨戸をこじ開け侵入してきた米兵(白人)3人に拉致される

 ・同年8月18日、首里市の男性宅へ米兵3人が侵入。男性が妻や近所の女性をかばって抵抗すると、米兵の1人から切りつけられ頭にけがを負う

 ・1947(昭和22)年9月22日、27歳の女性が大里村の自宅で寝ていたところ、トラックで乗りつけた4人の米兵が侵入、女性を連れ去る

 ・同年10月1日、28歳の女性が越来村(現在の沖縄市)の自宅で寝ていたところ、米兵が侵入して女性を取り押さえた後、畑の中に連れ込んで強姦し拳銃で頭部をたたき殺す」

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路地裏からの沖縄旅

首里城周辺> <那覇市中心街・市場周辺

沖縄本島南部> <沖縄本島中部

沖縄本島北部> <沖縄の離島

沖縄の信仰・宗教





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路地裏からの沖縄旅 ニューピックアップ

海洋国家・琉球王国の残影 

 

 都市モノレール・壷川駅で奥武山公園側の出口に出ると、那覇港と漫湖周辺の史跡案内板がある。明治時代以降、埋め立てや開発工事によって大きく姿を変えた区域だが、現在の風景と対比できるように新旧の写真や解説が並べられており、アジア各地へ交易船を送り出し海洋国家として繁栄していた時代を思い浮かべられる。当時、那覇港の奥に広がる入り江であり、松や福木などに覆われた緑豊かな大小の島が浮かび、山原船や漁船が行き交っていた。その雄大な景色は琉球王国を訪れた中国人の使者からも称賛された。沖縄県立博物館で開催中の写真展「ウィルソンが見た沖縄」でも見られるように、100年前の沖縄を旅したプラントハンター、アーネスト・ウィルソンが、瓦屋根の民家と水と松林が調和した当時の那覇港周辺を撮っているのも偶然ではないだろう。何を失って現在が成り立っているのかが明らかになる。










海に目を向けた琉球王国 

 久米島町や糸満市の具志川城を見たとき、なぜ海岸近くの荒れ地に張り付くように城壁を築いたのだろうかと思った。敵に囲まれれば逃げ場はなく、周囲の地域を支配するにも便利とはみえない、陸地の隅だからだ。ところが、網野善彦著『日本の歴史をよみなおす』を読み終えた後、少し疑問が解けた気がした。小さな陸地ではなく海に目を向ければ、発想の転換ができ歴史を別の角度から眺められる。

 本書によれば、近代日本以前、豊かさの根源といえば、土地であり農業と考えられてきたが、農地に恵まれない海辺の歴史をひも解くと、早くから海に目が向けられ、交易や海運などで大きな富を築き豊かな暮らしをしていた。百姓=農民でなく、農地が狭い地域=貧しい地域の固定観念から脱するべきと説く。

沖縄も石灰岩質の小さな島と見れば、貧しさしか思い浮かばないが、アジア各地につながる海に囲まれていると捉えれば、豊かさの可能性は大いに広がる。海岸近くの城も陸地の隅ではなく、海路や航行する船に向けて建てられたと考える方が自然だろう。実際、本書の中でも、海上交通との関係で琉球王国時代の城について触れられている。そういえば、世界遺産に登録されている勝連城や座喜味城も、海を近くに見渡せる場所に建てられている。








(「路地裏からの旅」の続きはこちらをクリック)






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路地裏からの沖縄旅 地域別



首里城周辺

 ・首里城からの夕日

 ・玉陵で感じる死者との距離

 ・船がさかのぼった松川地区 

 ・感謝の気持ちを忘れない沖縄 ~松と水に恵まれた松川地区~

 ・心なごむ首里の路地裏

 ・首里城で感じる歴史の感触

 ・首里城に琉球独自の漆塗り技法

 ・首里城城郭の曲線美を味わう

 ・首里城から最高の展望

 ・仏教と琉球王国

 戦争の記憶をとどめる首里城のアカギ

 ・ツワブキと首里城

 ・首里城の祈りを再現

 ・多くの聖地を抱える首里城

 ・首里城の未公開区域を歩く

 ・首里城の時間感覚 

 ・美しいアーチの石橋

 ・ライトアップされた首里城

 ・「座る」文化からみた首里城

 ・首里城が放つ空気感

 ・首里城と龍の関係を考える

 ・沖縄戦で使われた糸数壕とスパイ容疑

 ・削除された「慰安婦」「住民虐殺

 ・首里城に残る日本軍司令部壕跡

 ・スフィンクス的なシーサーと筋肉質のシーサー

 ・「首里城」の読み方と目的

 ・首里金城町の共同井戸

 ・国王も雨乞い祈願

 ・首里金城町の石畳道と井戸

 ・首里の路地裏を龍潭池から北へ


那覇市中心街・市場周辺

 ・海洋国家・琉球王国の残影

 変わりゆく那覇のスピード

 ・沖縄のチャイナタウン

 ・沖縄の風景となった花ブロック

 ・那覇市の中心に古墳群

 ・那覇市は「国際」ブームの先駆け?

 ・浮島・那覇の変遷をみる

 ・天ぷらと那覇の変わりゆく風景

 ・浮島・那覇の名残

 ・那覇市にたたずむ塩田跡の碑

 ・沖縄におけるペリーの足跡

 ・戦後復興の原点と王国時代の名残

 ・那覇マチグヮーのレトロな看板 

 ・那覇市の中心で川の上に延びる商店街

 ・那覇市場の名物、ユンタクと猫

 ・近代日本最初の海外派兵は?


沖縄本島南部

 ・海に目を向けた琉球王国

 ・中城湾を臨む坂道に歴史の名残

 ・八重瀬町の琉球古民家

 ・巨岩と亜熱帯樹が絡み合う斎場御嶽

 ・斎場御嶽にたてこもった敗残兵たち

 ・南風原陸軍病院壕の惨状


沖縄本島中部

 ・普天間の過去と今がみえる嘉数高台

 ・浦添グスク跡に首里の原型を見る

 ・勝連城からの絶景

 ・荒波打ち寄せる岬の灯台 

 ・海中道路の複雑な風景と歴史

 ・浜比嘉島のエイサーと路地裏


沖縄本島北部

 ・国頭村のリゾート地区・鏡地

 ・豊かな実りと奥間集落

 ・味わい深い与那の集落

 ・神秘の空気漂う塩屋湾

 ・下から見上げた瀬底大橋

 海上を走る感覚の古宇利大橋

 ・奥行きを感じさせる羽地内海

 ・離島や本島北部に残るフクギと石垣の風景

 ・買い物弱者を支える共同売店


沖縄の離島

 ・闇夜に浮かぶフクギ並木

 ・高台から眺めた渡名喜島

 ・沖縄で一番高い城跡は? 久米島の宇江城城跡とは?

 ・2つの具志川城跡の物語

 ・魚の群れを眺める阿嘉島の北浜ビーチ

 ・慎ましやかな離島の灯台

 ・白保のサンゴ礁 魚湧く海

 ・竹富島の家並み 無駄を削ぎ落とした美 

 ・竹富島の夕日 移ろいゆく海と陸と雲

 ・渡嘉敷島の渡嘉志久ビーチ

 ・平久保埼灯台 絶妙なコントラスト

 ・久米島東海岸 おだやかな遠浅の海


沖縄の信仰・宗教

 ・沖縄のテラとは何か

 ・沖縄の土帝君信仰

 ・沖縄の霊石信仰

 ・沖縄の蔵骨器と龕 

 ・琉球は中国寄り?日本寄り?

 ・どこにあるかレトロな郵便ポスト


 
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沖縄探見社の本

『データで読む沖縄の自然環境』

50年で大きく変貌したサンゴ礁

希少種を追いつめる新たな天敵

・今脚光を浴びる沖縄の自然

沖縄県内では、国際的に重要な湿地として5カ所がラムサール条約登録地。国立公園も「西表石垣」「慶良間諸島」に加えて、新たに「やんばる」(沖縄本島北部)が指定される見通し。世界自然遺産登録をめざした動きが活発化する。

・何が沖縄の自然をむしばむか

 一方、現状を見渡すと、沿岸部の開発や埋め立て工事、赤土の流入、外来種の侵入、地球温暖化、さらに米軍基地がまき散らす有害物質など希少な動植物や国内随一のサンゴ礁への脅威は大きい。 

・図表も使って分かりやすい解説

 やんばる(本島北部)の森からマングローブ林やサンゴ礁まで、沖縄の自然を網羅するデータを図表とともに使ってやさしい説明。専門性の高い内容についてはコンパクトで分かりやすい解説や背景説明を加えている。


さらに詳しい情報や購入方法はこちらをクリック

A5判 全112ページ 高橋哲朗著

定価1000+税 沖縄探見社発刊

 


 

データで読む沖縄の基地負担

沖縄における枯れ葉剤の投棄・散布疑惑

毎月のように起きる航空部品・備品の落下紛失

事故が続くオスプレイの恐怖


 


沖縄の基地問題をめぐって、日々伝えられる情報やデータは断片的で、時として専門的な用語をはらんでおり、分かりにくいことが多い。そこで、分野ごとに関連する情報やデータを結びつけ時間軸に沿って並べ替えるとともに、やさしい説明を入れ解きほぐすことによって、基地負担の全体像がみえてくる。近年起こった基地問題に関するデータを網羅。



A5判 全128ページ 沖縄探見社編

定価1100+税 沖縄探見社発刊


基地問題は「普天間」だけじゃない

 航空機騒音、米兵犯罪、事故の危険、環境汚染、さらにベトナム戦争時代の「遺産」枯れ葉剤問題も終っていない! 豊富なデータで浮かび上がる実態

 新たな基地負担を問う

 隠蔽と不信の連鎖が渦巻く中でオスプレイを配備。「アメとムチ」で普天間基地の辺野古移設が強引に進められる。負担軽減と呼べるのか

基地をめぐる「歴史認識」

 沖縄の基地問題を真に理解するためには、本土防衛の「防波堤」となった沖縄戦や、本土の反基地運動を緩和するために実施された海兵隊の沖縄移転を踏まえる必要がある

(続き、詳しい解説や購入方法はこちらをクリック)









天才・岡本太郎を驚嘆させた民俗芸能を味わう!

「沖縄の伝統行事・芸能を歩く」






A5判、全128ページ、並製本、高橋哲朗著


本体価格1,100円+税












・沖縄の多様でユニークな行事・芸能を紹介

 天才・岡本太郎を「こんな小さな島の中に、どうしてあんなに数多く、豊かに残っているのか」(『沖縄文化論 忘れられた日本』より)と驚嘆させた民俗芸能を、沖縄に今も息づく旧暦文化に沿って紹介する 

・写真を多用し地域ごとの特色や伝統の由来を解説

 同じ季節の節目でも沖縄では本土とまったく異なる行事が行われる。また、沖縄の中でもエイサーや獅子舞、綱引きなどは地域ごとの違いが際立つ。豊富な写真とともに地域の特色や伝統の由来を解説する 

・自分の目と耳で堪能する! 開催・鑑賞情報も掲載

 観光県・沖縄では伝統行事・芸能を気軽に見られる機会は多い。エイサーをはじめ地域のイベントの中で頻繁に上演されるからだ。こうしたイベントの開催・鑑賞情報もふんだんに盛り込んでいる。 

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<そのほかの既刊本>

詳しい解説を読むには、各書のタイトルをクリックしてください


                 
     (沖縄戦の「狂気」をたどる) (沖縄・米軍基地データブック) (いかに「基地の島」はつくられたか

                          
          (沖縄で自分史・記念誌をつくる) (国会議員になった「隠れキリシタン」) (沖縄エコツアーガイドブック





(沖縄探見社の本について詳しい解説や注文方法についてはこちらをクリック)




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島暮らしジャーナル 


基地を読む

沖縄の米軍ヘリ事故で日本従属が浮き彫り 

1011日に東村高江で炎上事故を起こした米軍のCH53E大型輸送ヘリと同型ヘリが1018日に飛行訓練を再開、翌日には、同型らしきヘリが那覇市上空を何度も飛ぶ姿が見られた。この日はオスプレイも市街地の住宅地真上を飛んでいた。地元沖縄はもちろん、日本政府の防衛省も、訓練再開前には事故の原因や防止策について説明を求めていたが、米軍側は何の説明もなく訓練再開に踏み切った。安倍政権は日米同盟の強化をこれまで成果として繰り返してきたが、「同盟」とは名ばかりであり、力関係では米国側が圧倒的に優位に立っていることが、改めて浮き彫りになった。










米軍ヘリの墜落と基地負担の粉飾 

 昨年(2016年)12月、沖縄本島で最も広い米軍施設「北部訓練場」の半分以上が返還され、政府は沖縄の基地負担の軽減をアピールした。確かに、数字だけ見ると、北部訓練場7513haのうち4010haが返還されたのだから、かなり縮小されたように思える。しかし、民家に近い場所で森を切り開き、新たなヘリコプター着陸帯を6カ所建設することが、返還の条件となっていた。

 しかも、もともと訓練場といっても特別施設があるわけではなく通常の山林が広がるだけ。訓練場であろうとなかろうと上空をヘリコプターが飛行する。こうした現実は、1011日に東村高江の民間地で米軍ヘリが炎上した事故に端的に表れているだろう。

 沖縄全体が訓練場になっているのである。訓練場から遠く離れているはずの那覇市内や周辺市街地でも、戦闘機、オスプレイ、軍用ヘリが頻繁に、しかも時には機体の細部がわかるほどの低空で飛び回る。人口密集地域である沖縄の市街地を、何かの訓練を想定しながら飛んでいるとしか思えない。添付した写真はそのとき撮影したものである。

 加えて気になるのが、今回の事故についてニュースで「緊急着陸」という表現が使われている点だ。おそらく米軍や政府の発表をそのままなぞっているのだろう。だが、機体が原形をとどめないほど燃えても「着陸」といえるのだろうか。昨年、オスプレイが本島北部の沖合で大破したときも、少なくとも最初のうちは報道で「不時着」が使われた。機体をコントロールできる状態にあり、事故をなるべく小さくみせるため、「墜落」という表現を避けている気がしてならない。基地負担の実質を言葉や数字の粉飾によって惑わされてはならない。












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伝統芸能・行事

素朴な調べが響く首里のクェーナ 

1028日、首里城内の特設会場(下之御庭)では首里城祭の「伝統芸能の宴」として、「首里のクェーナ」が上演された。クェーナとは各地域に歌い継がれている古謡。首里は琉球の首都であり「首里のクェーナ」には、王朝文化を象徴する歌詞が残るといわれる。

この日の演目は、神の国を意味する「アガリユ」、旅や航海の安全を祈る「ダンジュカリユシ」「ウリズンクェーナ」の3つ。いずれも7人の女性が輪になってゆったりと回りながら歌う。全員が同じ歌詞を斉唱する場合もあれば、言葉のかけあいをする場合もあるが、曲調は途中でほとんど変わることがなく、歌詞も同じフレーズの繰り返しが多い。声の調子には悲しみや喜びの激しい感情の淀みはなく、澄みきった流れがふわふわと天空に向かって昇るのを感じる。曲は歌声を中心に組み立てられ、最初の曲では楽器をいっさい使わず、残り2曲も小さな太鼓1つを軽く叩くだけだった。













足を激しく踏み鳴らす汀良町の獅子舞 

台風のため延期になっていた那覇市首里汀良町の十五夜獅子舞が10月2日、地元公民館で上演された。

この獅子舞の動きで特徴的な点は、静と動のメリハリがきいているところだ。首をぴんと伸ばして視線を下に向けながら、ゆっくりと頭を回したかと思えば、突然、頭を激しく上下に振ったり飛び跳ねたりする。

時折、足を激しく踏み鳴らすが、前足と後ろ足を交互に上げるのでなく、左の前足と後ろ足を同時に上げ、次に右の前足と後ろ足を同時に上げるという動きを繰り返す。歩くときも、同じように左の前足と後ろ足を同時に上げ、右の前脚と後ろ足をあげるという特徴的な動きをする。

しばらく荒れ狂ったように暴れた後、ぴたりと動きを止め、ゆっくりと頭だけを回す。この静と動の反復が基本らしい。演奏は銅鑼の音だけで、他の獅子舞によく使われる三線の音はまったくない。獅子を誘い出すワクヤーもなく、まったく獅子の独演である。一般の獅子と子ども獅子が交互に同じ演目をこなしている点も、ほかの獅子舞と比べ特徴的なプログラム構成といえよう。











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■自然と食■

失われた沖縄の風景 

 

 9月9日、沖縄県立博物館で開催されている写真展「ウィルソンが見た沖縄 ―琉球の植物研究史100年とともに―」を見た。ウィルソンとは、100年前の沖縄を写真撮影した伝説のプラント・ハンター。同日午後には、ウィルソン研究家の古居智子氏の講演会があった。

 ウィルソンが沖縄を旅した目的は植物研究であり写真の主役は植物であるが、当時の住民の暮らしや街並みも写し込まれ目をひく。特に、赤瓦や茅葺き屋根の家々が並ぶ那覇の風景は、自然と人間の暮らしが肩を寄せ合う美しさがある。10メートルは優に超えるリュウキュウマツ並木が続く宜野湾の風景も、人間が培う文化と自然が溶け合ってきた歴史を感じさせる。しかし、これらの地域は今では米軍基地に変貌している。写真の中の風景が輝きを放つほど戦争の残酷さを改めて感じつ。ほかの撮影地点も、戦火を逃れても大半が近代化の中で本来の姿を失う。

ウィルソンが使用したガラス乾板写真では数分間、露光させねばならず、構図や天候、人物の配置など相当の準備が必要だった。ウィルソンは、中国旅行中の事故がもとで足が不自由にもかかわらず、まだ交通の便の悪い沖縄に17日間滞在、重い機材を運びながら写真撮影を重ね(発見されている写真は59枚)、100種類以上に及ぶ約600点の植物標本を採取した。沖縄を含め日本は近代化を急ぎ過ぎていることを憂え、「今記録しておかなければ」という思いに駆られたといわれる。















真夏の朝にサガリバナ 

 梅雨が明けると、突然の真夏がやってきた。夜は狭いアパートの中でねっとりした空気に蒸される。早朝、新都心公園へ散歩。空気はまだ新鮮で、爽やかな風が頬のあたりを軽くたたく。こんな朝には、細いペンで描いたようなサガリバナがよく似合う。思い出すのは、子供の頃の夏休み。草むらをかき分け、昆虫を探していた。誰も友の顔は思い浮かばない。孤独ではあったが、悲しい気持ちは湧いてこない。自由の味かもしれない。あたりには静寂がひたすら立ち込めていた。
















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代表の編集雑記帳


『首里城への坂道』に読む人生の形 

与那原恵著『首里城への坂道』を読み終えた後にまず考えたのは、一つのことに没頭する人生である。本書では、鎌倉芳太郎を中心に戦前の沖縄文化研究に熱中した人々が描かれている。大正時代から沖縄戦前後の時代が中心であり、沖縄をめぐる時代としては決して幸福な状況とはいえないが、沖縄文化に迷いなく人生を捧げる姿勢は心動かされるものがある。多くの人々が長年の生活や思考を積み重ねて生まれる文化を語るには、これほどの熱量が必要なことを改めて実感する。

一つのテーマに集中し続けることは、その人の人生を語るとき非常に分かりやく感動的である。そこに憧れの眼差しがあっても不思議ではない。平均寿命が80歳を突破し、多種多様な便利機器に囲まれ暇を持て余す時代には、自分の人生に意味や価値を与えたくなる。しかし、一つのテーマに集中でいない自分をなじることは危険である。自分の人生をつまらないものと蔑んでしまう。定型化できないから人生である。飽きや倦怠、迷い、疑いなどさまざまな感情が襲われ、それらに耐え続けることは容易ではない。誰でもできるわけではない。できないことも人生である。


















見えにくい保守と革新の境界線
 

 

 明日10日から総選挙であるが、今までで最も争点の見えにくい選挙ではないかという気がする。その大きな原因の一つが、「保守」と「革新(最近ではリベラルと呼ばれることが多い)」の境界線が分かりにくくなったことだろう。特に、保守の変質が著しい。本来ならば、従来の価値観や思想を守り保つのが保守のはずだが、戦後日本が守ってきた「専守防衛」「平和主義」を「集団的防衛」「力による抑止力」に刷新しようとする。むしろ、リベラルの方が、「専守防衛」「平和主義」を保守しようとする。

もともと、一般的に保守と呼ばれる人々が自らを「保守」と位置付けることは少なかった。ところが、最近は自ら「保守」と名乗る人々が増えている。国民が劇的な変革よりも安定感を求めると感じているせいかもしれない。また、「過去の日本は素晴らしかった」的なテレビ番組や書籍52が増えていることと関係しているのかもしれない。

現在の保守は、戦前の日本で広まった価値に回帰し「保守」しようと考えれば、分かりやすいかもしれない。これが、本来の日本の姿であるかのように見なす一部保守層がいるようだが、明治維新から100年足らずの間、欧米諸国に経済や軍事の面で追いつき戦うために蔓延した思想に過ぎないことも忘れてならなないだろう。










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島暮らしジャーナル 過去の記事

基地を読む

 ・沖縄の米軍ヘリ事故で日本従属が浮き彫り

 ・米軍ヘリの墜落と基地負担の粉飾

 ・沖縄から見える反米と石油禁輸の光景

 ・オスプレイが飛び続ける理由

 ・北朝鮮のICBMと沖縄の基地

 ・監視社会と日本

 ・お試し安保と改憲に普天間移設

 ・映像イメージの北朝鮮と沖縄

 ・沖縄の米軍基地と北朝鮮をめぐる危機

 「基地依存」にまつわる沖縄神話

 ・トランプ政権と沖縄

 ・沖縄から見える首相の真珠湾訪問

 ・飛行再開で那覇市上空にもオスプレイ

 ・ 軍用機飛び放題の沖縄の空

 ・各国の思惑入り乱れる沖縄

 ・北朝鮮政策と辺野古移設

 ・環境問題から捉える辺野古問題

 ・のどかな離島でも軍事訓練

 ・高江ヘリパッドと民主主義

 ・都知事選騒動の陰で新施設着工

 ・EU離脱と沖縄の基地

 ・基地被害を訴え続ける沖縄

 ・日米同盟を過信していないか?

 ・オスプレイ輸送を考える

 ・問われない基地負担軽減の真偽

 ・辺野古移設と宜野湾市長選

 ・小泉進次郎人気と宜野湾市長選

 ・宜野湾市長選や参議院選の予防線か

 ・軍用機飛び放題の那覇上空

 ・見え見えのディズニー宜野湾誘致

 ・提訴後の辺野古・抗議現場

 ・ヘリ護衛艦が米軍港に

 ・辺野古をめぐる政府内の茶番

 ・「辺野古監視3委員への寄付」を読む

 ・ユネスコと辺野古とメディア攻撃

 ・オスプレイの訓練強化と紛争のゲーム化

 ・罰せられない?米軍犯罪

 ・米兵犯罪と人権問題

 ・米軍基地と人権問題

 ・忘れてはならない米軍事故史

 ・嘉数高台から辺野古工事の中断を考える

 ・米軍機の部品や備品の落下事故が頻発

 ・繰り返される墜落事故

 ・枯れ葉剤を沖縄で投棄や散布と証言

 ・安全保障関連法案と枯れ葉剤

 ・抑止力を本当に信じているのか

 ・減らない沖縄の航空騒音

 ・沖縄に海兵隊は必要か

 ・なぜ抑止力の中身を問わないか

 ・慰霊の日を前に安保法制を考える

 ・ヘリ搭載護衛艦や海掃母艦も

 ・ホワイトビーチの自衛隊艦艇

 ・オスプレイのデータは信頼できるか

 ・初めに結論ありきのオスプレイ運用

 ・払拭できるかオスプレイの危険性

 ・復帰記念日に「九条の碑」を考える

 ・安倍首相の訪米から見えるもの

伝統芸能・行事

 ・素朴な調べが響く首里のクェーナ

 ・足を激しく踏み鳴らす汀良町の獅子舞

 ・月夜の首里城で歌や組踊

 ・知名のヌーバレー

 ・伊集の打花鼓

 ・北谷の南ヌ島

 ・葬送儀礼の移りかわり

 ・夜に催されていた那覇大綱挽

 ・ガーエーから綱の合体へ 那覇大綱挽の本番

 ・那覇大綱挽で盛り上げ役の旗頭

 ・沖縄の葬儀と墓を考える

 ・真栄里の大綱引は激しいぶつかり合いも

 ・休憩タイムもある糸満大綱引 

 ・地域によって違う沖縄の獅子舞

 ・中秋の名月と沖縄の獅子舞

 ・小浜島のダートゥーダー

 ・独特の所作が際立つ与那の海神祭

 ・神々しい空気漂う比地のウンジャミ

 ・エイサーとコンクール

 ・街角のエイサー演舞

 ・地域差が大きい南風原町の綱引き

 ・立つ創作・企業系のエイサー団体

 ・締太鼓を蹴り上げるエイサーも

 ・うるま市のエイサー

 ・エイサーの移り変わり

 ・部外者禁止の秘祭、アカマタ・クロマタ

 ・角をぶつけ合うヤギたち

 ・海で穢れを落とす浜下り
 
 ・月蝕の空と神ありし日々

 ・なぜ御嶽がそこにあるのか

 ・一段と華やかさを増すジュリ馬

 ・粟国島のマースヤー

自然と食

 ・失われた沖縄の風景

 ・真夏の朝にサガリバナ

 ・疑惑を追及する日米メディアの差

 ・梅雨入りした那覇と復帰45周年

 ・沖縄の花の季節

 ・沖縄で花開く熱帯木

 ・那覇でもデイゴが開花

 ・東京はサクラ、那覇はイッペー

 ・旧正月と立ち飲み屋

 ・ぴんとこないヤンバル世界遺産

 ・樽貯蔵の神村酒造を見学

 ・開発の波をもろにかぶるウミガメ

 ・増える希少動物の交通事故

 ・本島ではサンゴ礁10%以下が8割

 ・ヤンバルクイナが増えているかも

 ・真夏の清涼剤サガリバナ

 ・鮮やかな花をつけるホウオウボク

 ・ミジュンの煮つけ

 ・姿を変える沖縄の干潟

 ・本島南部の小規模酒造所めぐり

 ・離島の辛口泡盛を試す

 ・泡盛と焼酎の境界を考える

 ・自分へのご褒美で国華を購入

 ・泡盛の比べ飲み 咲元・珊瑚礁編

 ・離島フェアで黒糖焼酎

 ・ケラマジカとの遭遇

 ・野趣あふれる宇嘉川歩き

 ・激変する浜辺の風景

 ・台風15号接近中のフクギ

 ・表情を変えるヤンバルの川と生き物たち

 ・台風と夕焼け

 ・花をつけない那覇市の街路樹

 ・意外に難しいデイゴの満開

 ・カツオと沖縄の深い関係

 ・カルスト地形に揺れるテッポウユリ

 ・泡盛のブレンド力

 ・沖縄から見える塩づくり

 ・豆腐に懸ける沖縄の情熱


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代表の編集雑記帳 過去の記事

 ・日馬富士騒動の陰で消えたもの

 ・『首里城への坂道』に読む人生の形

 ・見えにくい保守と革新の境界線

 ・県産本フェア始まる

 ・旧盆ムード漂う沖縄の街

 ・加熱する沖縄の夏と憎しみの連鎖

 ・台風5号の接近と改造安倍内閣の発足

遠くなりゆく戦後と戦跡

 ・盛り上がらない那覇市議選

 ・トランプ流がはびこるグロテスクな時代

 ・謙虚さが失われて深まる権力者と忖度の関係

 ・疑惑を追及する日米メディアの差

 ・監視社会と日本

 ・沖縄を語る難しさ

 ・「火花」に感じた太宰の影

 ・雰囲気重視の就活

 ・日本の働き方と休み方を考える

 ・むなしく響く「プレ金」

 ・「安保条約5条適用」は手柄か?

 ・5地域の出版人が沖縄に集結

 ・リオ五輪は単なる反面教師か

 ・セミと大橋巨泉と参院選

 ・選択に挑んだ英国と選択を避ける日本

 ・振り払えない成長幻想

 ・沖縄の季節は一気に夏へ

 ・巨大な自然の力の陰で

 日本人の鉄道愛の功罪

 ・日本人は新幹線開通に弱くなったのか

 ・観光振興と社会的憎悪社会的憎悪

 ・総活躍社会に漂う戦前の香り

 ・食事のおやつ化の先にあるもの

 ・アイドルから政治家まで自分の言葉で語れない日本

 ・自宅で豆苗を育てる

 ・「建国の日」に国の起源を考える

 ・道徳授業の復活を考える

 ・琉球王国時代の気風を読む

 ・沖縄のクリスマス

 ・神のインフレ時代

 ・久高島で受け継がれる心と命

 ・那覇の熱帯夜と屋台村

 ・沖縄で考える人づきあい

 ・聖火と復帰前の沖縄

 ・沖縄県産本フェア16日開始

 ・「個性」探しの子どもたち

 ・日本人は幸福になったか

 ・沖縄とストレス

 ・首相談話と琉球王国

 ・壕の中の沖縄戦 

 ・台風12号の進路が急変か

 ・台風9号の余波が10日も続く那覇市内

 ・那覇の最高気温33.5度と台風9号の接近

 ・国の財宝を取り返した琉球の花街

 ・鉄道と沖縄の時間意識

 ・宮本常一が沖縄を訪れた理由 

 ・実現寸前だった宮古・八重山分割案

 ・沖縄と吉本隆明

 ・沖縄と中世の鬼を考える


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◆沖縄探見社について◆

沖縄にはヤンバルクイナやイリオモテヤマネコなどユニークで多様な生き物を育んできた自然があります。また、独立国「琉球王国」から日本への併合、さらにアメリカの支配下、そして日本への復帰という特異な歴史を歩んでいます。これらを知ることそのものも興味深く楽しいですが、本土にいたのでは感じにくい日本の光も影も、歪みも矛盾も直に感じられます。 

どこにいっても目抜き通りは、外から訪れた人に対して見栄えよく整えられています。土地の人々の気持ち、習俗、文化を知ろうと思えば、路地裏に回る必要があります。それと同じように、中央で「モノづくり大国」「伝統と儀礼の国」など日の当たる部分にばかり目を向けるだけでは日本のほんの一面しか分かりません。中央から最も離れ、取り繕うことからほど遠い「路地裏」沖縄では、日本のさまざまな面が見えてきます。沖縄を訪れようとする人はもちろん、さしあたって訪れる予定のない人も、「路地裏」からの目線で沖縄を、そして日本をとらえる相棒となるような本づくりを心がけています。




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