沖縄を深く知るためのガイドブック
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最新トピック


普天間の移転先選びは沖縄の責任か <沖縄から基地を読む

 新聞からテレビまで沖縄は「安室奈美恵の引退」一色である。9月30日投開票予定の県知事選挙はまったく埋もれてしまった感がある。ただ、「引退」が重ならなくても、県知事選挙に対する関心は4年前に比べると、かなり低いことは明らかだ。

 4年前はまだ本格的な工事が始まる前であり、何よりも、沖縄の保守本流だった翁長雄志氏が辺野古新基地反対に回ったことにより、現状を変えられるという高揚感があった。しかし、安倍政権側は1枚も2枚も上手だったと言っていいだろう。

工事や調整を長期化させながら着実に前に進める手法である。県民の間に広まった高揚感も、長引けばやがて冷え込み、諦めに変わると読んだのだろう。辺野古新基地をめぐる司法判断も、政権の意向を「忖度」したとのではないかという内容であり、県内だけでなく国内の空気感を変える手助けとなったようだ。

 辺野古新基地・反対運動に対する批判も、一つひとつは決定的ではないにしろ着実に影響を与えてきただろう。中でも強い違和感を覚えたのは、「辺野古に代わる普天間基地の移設先案を出せ」と反対派に求める声である。反対するなら代案を出せという論理は一見、もっとものように聞こえる。

しかし、基地のように、受け入れ側の反発が避けられない「迷惑施設」について、「我々はいやだけど、あそこに持っていって」と別の場所に押し付けるようなことができるだろうか。実際、「迷惑施設」の受け入れ側が、代案としてほかの場所を提案することはもちろん、「代案がない」と受け入れ反対派が批判されることも聞いたことがない。日本の安全保障上、米軍基地は必要だけど、沖縄県内にとどめておきたいという、本土の暗黙の合意が働いたと言わざるを得ない。



 

 

駐留米軍の脅威が台風だった時代 <沖縄から基地を読む

 9月4日に関西地方で猛威を振るった台風21号の記憶がまだ生々しいうちに、7日に北海道で最大震度7を記録し道内全域が停電するなど災害続きの日本列島。ここ数年、台風の進路が変わっているのか、沖縄本島への接近が減っているようにみえるが、かつては旧日本軍に対して圧倒的な戦力を誇り沖縄占領を始めた米軍に、大きな衝撃を与えた時代もあった。弊社発行の『いかに「基地の島」はつくられたか』に次のような記述がある。 

沖縄駐留のアメリカ軍にとって脅威となったのは台風だった。駐留最初の年である1945(昭和20)年の10月9日、大型台風が沖縄本島を襲った。

「道路はすっかり洗い流され、船や浮桟橋はいたるところで陸上や砂浜に打ちあげられ、あるいは船と船とが衝突したり、岩に突きあたって大破したり、座礁したり、倉庫も兵舎もめちゃめちゃにたたきつけられ、飛行場や飛行機も多大の損害を被った」(仲宗根源和著『琉球から沖縄へ』P135)。海軍では死者27人、負傷者200人余り、陸軍でも100人余りの負傷者を出した。アメリカ軍に与えた衝撃は大きく、当時の沖縄基地司令官は「決定した南西諸島将兵の駐屯軍3万3000人を残して全軍引き揚げる」と発表した(★1)。

さらに、1948(昭和23)年から1949(昭和24)年にかけても強力な台風の直撃を受けた。特に1949(昭和24)年7月に襲来した台風「グロリア」によって、陸軍はコンセット(かまぼこ)型兵舎の25%と住居の50%を失い、空軍は嘉手納基地にある保管庫数個とコントロールタワーを破壊された。50人近い軍人と住民が命を失い、200人が重傷を負った。約200万ドルの輸入食料が、1948(昭和23)年から1949(昭和24)年にかけて3度の台風襲来によって無に帰した(★2)。

1:沖縄タイムス社『沖縄年鑑 1959年』P206

2:『沖縄県史 資料編14 琉球列島の軍政19451950 現代2(和訳編)』P75













「国会議員になった『隠れキリシタン』」 沖縄探見社の本

禁教時代を耐え抜いた信徒たちの「それから」

 

 今年7月、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」が世界遺産に登録され注目を集めているが、江戸時代にキリスト教徒が潜伏したのは長崎や天草地方だけではない。本書「国会議員になった『隠れキリシタン』 ―時代に翻弄された日系二世の肖像―」で紹介する福岡県大刀洗町の今村は、潜伏していたキリスト教徒の多くが明治以降、ブラジルへ移住したというダイナミックな歴史を持つ。

 ブラジルに移住した今村出身者から生まれた日系二世が、本書で焦点を当てる平田進である。彼は青年期を迎えた太平洋戦争前後、ブラジルと日本が敵対関係にある中、2つの国にルーツを持つ二世としてアイデンティティのありかに悩む。戦中を日本で過ごし、戦後はブラジルに戻って政界に進出し国会議員になり、両国の橋渡し役を務める。平田進を通して、宗教の自由が認められたはずの近代日本で、隠れキリシタンの末裔たちがたどった運命、彼らの「それから」を追ったのが本書である。

 





【本書のタイトル】

国会議員になった『隠れキリシタン』 

―時代に翻弄された日系二世の肖像―

 

【本書の概要】

 ・大きさ:B5判  ・総ページ数:192  ・発行:沖縄探見社

 ・著者:高橋哲朗  ・定価:本体価格1400円+税

 

【本書の構成】

 第1章 福岡県大刀洗町(今村)

 第2章 開拓地に教会を

 第3章 ブラジルに日系人学校を設立

 第4章 二つのナショナリズム

 第5章 戦争協力アナウンサー

 第6章 検閲の時代と日系二世

 第7章 ブラジルで「異分子」から再出発

 第8章 大臣からテロリストまで

 第9章 「ブラジルブーム」の陰で

 

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沖縄の基地と性暴力沖縄探見社の本

民家に押し入り女性の拉致も

戦中から現在まで続く悲劇の数々

A5判 全96ページ 定価1000円+税  沖縄探見社編・刊


基地に絡んで沖縄で繰り広げられた膨大な性暴力の歴史を振り返る本書の概要は次のとおり。

   目を覆いたくなる膨大な残虐事例

太平洋戦争に始まり、米軍統治下を経て、本土復帰後の現在に至るまで絶えることのない、性暴力の数々を紹介する。驚かされるのは件数の多さだけでない。屈強な男たちが大人数で暴行、武器を手に女性宅に侵入、抵抗する女性をメッタ突きなど、凄惨な事件が繰り返される。


  
戦争があおる性暴力の構造を分析

住民の意志とは無関係に、直接、間接に「戦争」に巻き込まれ続けた沖縄。増幅され巨大化した憎悪と差別意識は、飢えた野獣のように社会の最も弱い部分を探し出し徹底的に攻撃する。この構造は、沖縄の支配者が旧日本軍から米軍に転じても変わらなかった。

   犯罪を助長する風潮や法制度

沖縄が本土に復帰した後も、法の下の平等、人権の尊重、情報公開といった民主主義の基本原則よりも、米軍基地を優先させる法制度や風潮が犯罪を助長してきた事実は否定できない。殺人容疑で逮捕された米軍属は「逮捕されることは心配しなかった」と語った。


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ヘリ事故の連続と沖縄差別 <沖縄探検社の本

 1月6日、米軍ヘリが伊計島に不時着した。1つひとつの事故だけに焦点あてれば、単なる「事故」にすぎない。しかし、伊計島への不時着は昨年1月にも発生し、昨年10月に東村でヘリ炎上事故が起き、前月13日には宜野湾市の小学校がヘリの窓落下という事故に見舞われている。事故を1つの流れの中でとらえ、本土でこれだけ連続するだろうか、本土で米軍が同じような対応するだろうかと考えるとき、「沖縄では仕方ない」「沖縄ではこの程度のことは構わない」という差別意識が働いているのではないかという重い疑問がわく。

 米兵による性暴力についても同じことがいえるだろう。弊社発刊の『沖縄の基地と性暴力』は、米軍統治時代に満ちていた差別意識を指摘している。それは単なる推測ではなく、あからさまなものであった。米軍の直接統治がなくなっても、米軍は日本の法律の及ばないところにあり、現在はそうした差別意識が消えたといえるだろうか。

『沖縄の基地と性暴力』は米軍統治時代の差別構造を次のように説明している。「日本兵による中国人女性への性暴力を描いた第1章を思い出してもらいたい(このホームページの「沖縄探見社の本」のコーナーで、『沖縄の基地と性暴力』の一部抜粋のうち「沖縄守備軍は中国で何をしたか」を参照)。小さな頃から中国人を蔑視すると同時に、「優越民族」日本人による世直しとして旧日本軍の中国大陸への侵攻を正当化してきた。実際に兵士となって、中国軍と戦火を交えるうちに中国人への憎悪と差別意識はさらに増幅し、女性への性暴力さえ罪の意識を失う。

 米兵による沖縄女性への性暴力も、日本兵を米兵に、中国人女性を沖縄女性に置き換えれば同じ構図でみられる。「ファシズム国家」「貧しく野蛮な未開国家」日本は、「民主国家」「豊かな文明国」米国によって打ち負かされ治められるべき存在とみなす。日本軍との戦闘によって被害が出れば、さらに日本への憎悪と差別意識が膨らんだ」

「例えば賃金では、米軍統治下の沖縄の人々は、本土の日本人や外国人との間には、意識的に大きな差をつけられた。沖縄タイムス1952(昭和27)年6月14日付によれば、本土企業の幹部は、同じ職種でも賃金格差があることを次のように認めている。『トラックドライバー等の普通労務者賃金(時給)は(中略)B円に換算すると2331銭から20円となり琉球労務者のトラックドライバー17円、軽トラックドライバー11円に比較しても大きな差がある。社として優秀な労務者に対して日本人労務者並の賃金を支給したいが、布令によって労務賃金が規定されているので、どうにもならない』。

1956(昭和31)年5月には、労働組合の国際組織である国際自由労連の調査団が訪れ、沖縄の労働条件などについて調査した。それによれば、次のように「人種差別賃金」が行われていると批判した。

国際自由労連が指摘した賃金格差

国籍     最高時給 最低時給

米国人    6.52ドル 1.20ドル

フィリピン人 3.77ドル 0.52ドル

日本人    1.03ドル 0.83ドル

沖縄人    0.36ドル 0.10ドル    

 差別は賃金だけでなく、労働条件や職場環境にも及んだ。1952(昭和27)年には、本土の土建工事会社である松村組、アメリカ人請負業者のVC、軍関係の機械修理工場KOTの3社で社会の注目を集める労働争議が発生した。いずれも、きっかけは突然の解雇だった。労働者の証言によれば、KOTで会社側の代表者と労働者たちが交渉していたところ、空軍警察官10人ほどが現れて労働者たちを警察本部へ連行、なぐったり壁に向かって立たせたりした後、解雇に同意させたという。3社いずれのケースも、労働者はストライキに踏み切ったり解雇撤回や退職金の支給を行政へ訴えたりしたが、要求はほとんど認められることなく争議は自然消滅に向かった」

「沖縄と同じように連合国の占領下にあったにもかかわらず、日本本土では1946(昭和21年)から1947(昭和22)年にかけて、労働者の基本的な権利を定めた労働三法(労働組合法、労働関係調整法、労働基準法)が相次いで施行された。一方、沖縄で労働三法が成立するのは1953(昭和28)年7月(施行は同年10月)である。しかも、米軍はあらかじめ布令を発して、軍雇用員をこの労働三法の適用範囲から除外した。

差別待遇を感じるのは賃金や解雇手続きだけではなかった。軍関連の職場に1951(昭和26)年就職した元衆議院議員の上原康助氏は著書『基地沖縄の苦闘―全軍労闘争史』で次のように語っている。『50年代前半までは沖縄人を人間扱いせず、まるで虫けら同然だった。沖縄人とも呼ばず、琉球人、またはローカルネイティヴ(地方人または土人)という呼称を意識的に使い、お前らは日本人ではないのだ、という態度で徹底した差別政策を押しつけた。便所も、米人専用(注・本土からきた日本人も使用)と沖縄人用を区別した。むろん、米人専用は設備も立派であった』。コーヒーショップや簡易食堂があっても、沖縄の人々は利用できなったという」








すさまじい終戦直後の米兵性犯罪 <沖縄探見社の本

1117日から、うるま市在住の女性(当時20歳)を暴行殺害したなどとして、強姦致死、殺人、死体遺棄の罪に問われている元米海兵隊員で軍属だった男(33歳)の裁判が那覇地裁で開かれているが、終戦直後の米兵による性犯罪のすさまじさは顧みられることは少ない。この状況をみれば、米軍関係者による性犯罪に注目する報道に疑問を投げかけ「性犯罪は日本人でも起こす。たまたま米軍関係者だっただけ」という言葉は出てこないだろう。弊社発刊の『沖縄の基地と性暴力』は次のように説明している。 

「沖縄女性が狙われるのは外出する時だけではない。戦後まもない時期、夜中に米兵が集団で押しかけ女性を拉致する事件も頻発した。あらかじめ女性がいる家に目星をつけておいたようだ。家族が助けようと抵抗すれば、米兵は銃を持っていて発砲も躊躇しない。まさに強盗団の振る舞いである。女性は自宅にいても心休まらない時代であった。

本部町の男性(当時55歳)による証言である。

 「私の家の近所に照屋松助という頑丈な男がいた(中略)そこに突然銃を持った2人の米兵が現われ、妻子に乱暴しようとした。たまりかねた彼は起き上がって来て米兵の前に立ちはだかり、『私も海軍にいたことがあるが、君たちのように非道なことをしたことはない、さっさと帰りたまえ』とどなりつけた。言葉は通じなかったものの、その場は何事もなくおさまり、米兵らはいったん引き上げたかに見えた。ところが、間もなく米兵らが戻って来て、彼を叩き起こし、銃をつきつけて前へ歩くように命じ、前の原っぱに連れ出していきなり射殺したのであった。(中略)

昼のうちにそこらを徘徊していた数人の黒人兵は、家の中に何人かの女性がいるのを見ていたのであろう。その晩おそく、黒人兵らが突然その家の中に踏み込んで来た。大声をあげて逃げまどう婦人たちを追いかけ、1人ずつわし掴みにして闇に消えた。相手は銃を持つケモノたちである。その場に居合わせた男たちには、どうすることもできなかった」『沖縄県史10 沖縄戦記録2』(国書刊行会 1974年)

このほか、次のような具体例がある。

 ・1946(昭和21)年4月7日、首里市(現在の那覇市)の自宅で夕食後、28歳の女性は夫と雑談していたが、3人の米兵が侵入、夫を押さえ込み強姦される

 ・同年6月13日深夜、小禄村(現在の那覇市)の男性宅に米兵2人が侵入。男性が大声をあげると、米兵は逃走しながら拳銃を発射、屋内で寝ていた2人の女性がけがを負う

 ・同年6月22日午前零時半ごろ、小禄村の自宅で46歳の女性が寝ていたところ、米兵(黒人)3人が侵入、拳銃で脅迫して軍部隊の兵舎へ拉致される。同日午前4時ごろには、大里村(現在の南城市)の自宅で19歳の女性が寝ていたところ、雨戸をこじ開け侵入してきた米兵(白人)3人に拉致される

 ・同年8月18日、首里市の男性宅へ米兵3人が侵入。男性が妻や近所の女性をかばって抵抗すると、米兵の1人から切りつけられ頭にけがを負う

 ・1947(昭和22)年9月22日、27歳の女性が大里村の自宅で寝ていたところ、トラックで乗りつけた4人の米兵が侵入、女性を連れ去る

 ・同年10月1日、28歳の女性が越来村(現在の沖縄市)の自宅で寝ていたところ、米兵が侵入して女性を取り押さえた後、畑の中に連れ込んで強姦し拳銃で頭部をたたき殺す」

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路地裏からの沖縄旅

首里城周辺> <那覇市中心街・市場周辺

沖縄本島南部> <沖縄本島中部

沖縄本島北部> <沖縄の離島

沖縄の信仰・宗教





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路地裏からの沖縄旅 ニューピックアップ

空き店舗が目立つ市場界隈 

 沖縄の主な観光スポットの一つ、牧志公設市場で最近、空き店舗が目立つようになった。特に精肉や野菜の売り場に多い。一方、市場周辺で最近、飲み屋が増えている。立ち飲み屋、さらに、椅子やテーブルを歩道に並べた開放的な飲み屋が目立つ。

 沖縄を訪れる観光客が増え観光業は活気づいているといわれてきただけに、市場の空き店舗は意外に思えたが、観光ブームによる恩恵を、誰が受けて誰が受けないか考えれば不思議はないのかもしれない。土産物屋とは違い、観光客が増えても、生鮮食料品が中心の公設市場ではなかなか商売につながりにくいのだろう。

 もともと那覇市の地元住民が普段の生活で使う食材を買い求める場所だった。次々と校外にできる大型スーパーに地元住民が吸い寄せられる一方、目立つようになったのは観光客である。しかも、最近、観光客が増えたといっても大半が外国人。国内の観光客は横ばい状態である。

 公設市場一階に入る鮮魚店では、魚を買って二階の食堂で調理して食べられるというシステムがあるため、外国人の観光客を取り込める余地がある。実際、一階の鮮魚店では中国語のできる店員を雇ったり中国語の説明文を張り出したりしていて、二階では刺し身の盛り合わせに舌鼓を打つ外国人観光客の姿をよくみかける。周辺の飲食店も観光客を期待できる。一方、肉、それに特に野菜は、食材そのままでは観光客を取り込める余地は少ないのだろう。











浮島時代の那覇を思い浮かべ
 




  


 ここ10年という期間だけでも、那覇市内で風景がどんどん変わっていく。数カ月も経てば以前の風景を思い出すことがなくなる。新しく生まれた風景を、何の感慨も持たずに日常として受け入れる。風景が変わることに感覚が麻痺しているのかもしれない。以前見たことのある風景でさえ、こんな状態だから、100年、200年昔の見たことのない風景に思いを馳せることなどほとんどない。

そんな中、琉球王国時代に広がっていた風景を想像できる場所が、都市モノレールの美栄橋駅近くにある。久茂地川沿いの道と平行して走る道であり、崇元寺の前あたりで枝分かれして、美栄橋駅近くで再び川沿いの道と合流する。那覇がまだ沖合に浮かぶ島「浮島」であり、あたり一帯が海だった時代、浮島と本島を結んでいた海中道路「長虹堤(ちょうこうてい)」の跡である。明治以降は埋め立てによって陸地化したが、周りの土地に比べ少し高く段差があるところに、何かしら歴史の変遷のようなものを感じる。美栄橋近くの広場には、長虹堤の歴史などを記した説明板が設けられている。

海と陸地が共存していた時代が思い浮かぶ。逆に、現代の暮らしがいかに海を遠ざけ、目を向けなくなっているかが分かる。街がどのように変わってきたのか。そこを知らずには、街がどのように変わっていくべきか語れないだろう。












どう変わるか、農連市場周辺 

初めて、建て替えられた農連プラザに行った。早朝に始まる市場部門が完全に終わっている午後にのぞいたせいもあるが、飲食関係の店が多く、以前の農連市場とはだいぶ雰囲気が変わっている。この新しい施設のめざすところは、地元買い物客か、それとも観光客か見えにくい。周りの商店街とのバランスもどうなっていくのか。特に昭和の香りただよう太平通りとの対比が興味深い。独特の雰囲気を醸し出す那覇の市場街は観光資源であること間違いない。まだ、オープンして数カ月だから答えを出せないが、農連プラザで得た結果を、老朽化の目立つ市場街をどう建て替えていくのかに生かしてもらいたいところである。














(「路地裏からの旅」の続きはこちらをクリック)






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路地裏からの沖縄旅 地域別



首里城周辺

 ・首里城からの夕日

 ・玉陵で感じる死者との距離

 ・船がさかのぼった松川地区 

 ・感謝の気持ちを忘れない沖縄 ~松と水に恵まれた松川地区~

 ・心なごむ首里の路地裏

 ・首里城で感じる歴史の感触

 ・首里城に琉球独自の漆塗り技法

 ・首里城城郭の曲線美を味わう

 ・首里城から最高の展望

 ・仏教と琉球王国

 戦争の記憶をとどめる首里城のアカギ

 ・ツワブキと首里城

 ・首里城の祈りを再現

 ・多くの聖地を抱える首里城

 ・首里城の未公開区域を歩く

 ・首里城の時間感覚 

 ・美しいアーチの石橋

 ・ライトアップされた首里城

 ・「座る」文化からみた首里城

 ・首里城が放つ空気感

 ・首里城と龍の関係を考える

 ・沖縄戦で使われた糸数壕とスパイ容疑

 ・削除された「慰安婦」「住民虐殺

 ・首里城に残る日本軍司令部壕跡

 ・スフィンクス的なシーサーと筋肉質のシーサー

 ・「首里城」の読み方と目的

 ・首里金城町の共同井戸

 ・国王も雨乞い祈願

 ・首里金城町の石畳道と井戸

 ・首里の路地裏を龍潭池から北へ


那覇市中心街・市場周辺


 ・空き店舗が目立つ市場界隈

 ・浮島時代の那覇を思い浮かべ

 ・どう変わるか、農連市場周辺

 ・海洋国家・琉球王国の残影

 変わりゆく那覇のスピード

 ・沖縄のチャイナタウン

 ・沖縄の風景となった花ブロック

 ・那覇市の中心に古墳群

 ・那覇市は「国際」ブームの先駆け?

 ・浮島・那覇の変遷をみる

 ・天ぷらと那覇の変わりゆく風景

 ・浮島・那覇の名残

 ・那覇市にたたずむ塩田跡の碑

 ・沖縄におけるペリーの足跡

 ・戦後復興の原点と王国時代の名残

 ・那覇マチグヮーのレトロな看板 

 ・那覇市の中心で川の上に延びる商店街

 ・那覇市場の名物、ユンタクと猫

 ・近代日本最初の海外派兵は?


沖縄本島南部

 ・海に目を向けた琉球王国

 ・中城湾を臨む坂道に歴史の名残

 ・八重瀬町の琉球古民家

 ・巨岩と亜熱帯樹が絡み合う斎場御嶽

 ・斎場御嶽にたてこもった敗残兵たち

 ・南風原陸軍病院壕の惨状


沖縄本島中部

 ・普天間の過去と今がみえる嘉数高台

 ・浦添グスク跡に首里の原型を見る

 ・勝連城からの絶景

 ・荒波打ち寄せる岬の灯台 

 ・海中道路の複雑な風景と歴史

 ・浜比嘉島のエイサーと路地裏


沖縄本島北部

 ・国頭村のリゾート地区・鏡地

 ・豊かな実りと奥間集落

 ・味わい深い与那の集落

 ・神秘の空気漂う塩屋湾

 ・下から見上げた瀬底大橋

 海上を走る感覚の古宇利大橋

 ・奥行きを感じさせる羽地内海

 ・離島や本島北部に残るフクギと石垣の風景

 ・買い物弱者を支える共同売店


沖縄の離島

 ・闇夜に浮かぶフクギ並木

 ・高台から眺めた渡名喜島

 ・沖縄で一番高い城跡は? 久米島の宇江城城跡とは?

 ・2つの具志川城跡の物語

 ・魚の群れを眺める阿嘉島の北浜ビーチ

 ・慎ましやかな離島の灯台

 ・白保のサンゴ礁 魚湧く海

 ・竹富島の家並み 無駄を削ぎ落とした美 

 ・竹富島の夕日 移ろいゆく海と陸と雲

 ・渡嘉敷島の渡嘉志久ビーチ

 ・平久保埼灯台 絶妙なコントラスト

 ・久米島東海岸 おだやかな遠浅の海


沖縄の信仰・宗教

 ・沖縄のテラとは何か

 ・沖縄の土帝君信仰

 ・沖縄の霊石信仰

 ・沖縄の蔵骨器と龕 

 ・琉球は中国寄り?日本寄り?

 ・どこにあるかレトロな郵便ポスト


 
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沖縄探見社の本

『データで読む沖縄の自然環境』

50年で大きく変貌したサンゴ礁

希少種を追いつめる新たな天敵

・今脚光を浴びる沖縄の自然

沖縄県内では、国際的に重要な湿地として5カ所がラムサール条約登録地。国立公園も「西表石垣」「慶良間諸島」に加えて、新たに「やんばる」(沖縄本島北部)が指定される見通し。世界自然遺産登録をめざした動きが活発化する。

・何が沖縄の自然をむしばむか

 一方、現状を見渡すと、沿岸部の開発や埋め立て工事、赤土の流入、外来種の侵入、地球温暖化、さらに米軍基地がまき散らす有害物質など希少な動植物や国内随一のサンゴ礁への脅威は大きい。 

・図表も使って分かりやすい解説

 やんばる(本島北部)の森からマングローブ林やサンゴ礁まで、沖縄の自然を網羅するデータを図表とともに使ってやさしい説明。専門性の高い内容についてはコンパクトで分かりやすい解説や背景説明を加えている。


さらに詳しい情報や購入方法はこちらをクリック

A5判 全112ページ 高橋哲朗著

定価1000+税 沖縄探見社発刊

 


 

データで読む沖縄の基地負担

沖縄における枯れ葉剤の投棄・散布疑惑

毎月のように起きる航空部品・備品の落下紛失

事故が続くオスプレイの恐怖


 


沖縄の基地問題をめぐって、日々伝えられる情報やデータは断片的で、時として専門的な用語をはらんでおり、分かりにくいことが多い。そこで、分野ごとに関連する情報やデータを結びつけ時間軸に沿って並べ替えるとともに、やさしい説明を入れ解きほぐすことによって、基地負担の全体像がみえてくる。近年起こった基地問題に関するデータを網羅。



A5判 全128ページ 沖縄探見社編

定価1100+税 沖縄探見社発刊


基地問題は「普天間」だけじゃない

 航空機騒音、米兵犯罪、事故の危険、環境汚染、さらにベトナム戦争時代の「遺産」枯れ葉剤問題も終っていない! 豊富なデータで浮かび上がる実態

 新たな基地負担を問う

 隠蔽と不信の連鎖が渦巻く中でオスプレイを配備。「アメとムチ」で普天間基地の辺野古移設が強引に進められる。負担軽減と呼べるのか

基地をめぐる「歴史認識」

 沖縄の基地問題を真に理解するためには、本土防衛の「防波堤」となった沖縄戦や、本土の反基地運動を緩和するために実施された海兵隊の沖縄移転を踏まえる必要がある

(続き、詳しい解説や購入方法はこちらをクリック)









天才・岡本太郎を驚嘆させた民俗芸能を味わう!

「沖縄の伝統行事・芸能を歩く」






A5判、全128ページ、並製本、高橋哲朗著


本体価格1,100円+税












・沖縄の多様でユニークな行事・芸能を紹介

 天才・岡本太郎を「こんな小さな島の中に、どうしてあんなに数多く、豊かに残っているのか」(『沖縄文化論 忘れられた日本』より)と驚嘆させた民俗芸能を、沖縄に今も息づく旧暦文化に沿って紹介する 

・写真を多用し地域ごとの特色や伝統の由来を解説

 同じ季節の節目でも沖縄では本土とまったく異なる行事が行われる。また、沖縄の中でもエイサーや獅子舞、綱引きなどは地域ごとの違いが際立つ。豊富な写真とともに地域の特色や伝統の由来を解説する 

・自分の目と耳で堪能する! 開催・鑑賞情報も掲載

 観光県・沖縄では伝統行事・芸能を気軽に見られる機会は多い。エイサーをはじめ地域のイベントの中で頻繁に上演されるからだ。こうしたイベントの開催・鑑賞情報もふんだんに盛り込んでいる。 

続きはこちらをクリック






<そのほかの既刊本>

詳しい解説を読むには、各書のタイトルをクリックしてください


                 
     (沖縄戦の「狂気」をたどる) (沖縄・米軍基地データブック) (いかに「基地の島」はつくられたか

                          
          (沖縄で自分史・記念誌をつくる) (国会議員になった「隠れキリシタン」) (沖縄エコツアーガイドブック





(沖縄探見社の本について詳しい解説や注文方法についてはこちらをクリック)




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島暮らしジャーナル 


基地を読む


翁長知事の亡き後の沖縄 

 反対勢力はじわじわと確実に押し潰す。辺野古における新基地の建設をめぐり政府の対応を見ていると、そう言い表す以外ないと思う。安倍首相は着実にやり遂げる決意であり、政府や国会はもちろん、世論も「辺野古やむなし」に傾いている。「寄らば大樹の陰」「長いものにまかれろ」という日本人気質もあろうが、安全保障について日本人の多くが思考停止に陥っている。

中国や北朝鮮の脅威にパニックになり、アメリカと同盟関係を強化する以外の方向性を考えられない。誰がどういった形で安全保障を負担することが最適か、まともな議論が交わされない。6月8日に亡くなった翁長知事が本土に向かって問うてきたのは、この点である。結局のところ、外国からの脅威に備えることは必要だが、自分の近所に基地や施設がくるのも、経済的な負担が多くなるのも困る。これまで沖縄が担ってきたから、これからもそのままにしようという、本土における政治と市民に横たわってきた暗黙の了解が続く。翁長知事の「辺野古に基地はつくらせない」発言も、迷惑施設に対する反対運動の一つに矮小化されている。

いずれにせよ、翁長知事の死去によって、新たな基地を拒む沖縄は大きな転換点を迎えている。8月11日、那覇市の奥武山陸上競技場で開かれた、新基地建設断念を求める県民大会で、登壇した講演者の口からは一様に危機感が漂っていた。8月にも、防衛局は基地建設に向けて埋め立て土砂の投入を始める見通しに対して、翁長知事は「埋め立て承認の撤回」という残り少ない切り札を出して対抗しようとしたが、承認を撤回する前に他界。たとえ撤回が実現したとしても政府は法的な対抗措置を訴えるとみられる上、9月に予想される県知事選で自民党政府が推す候補が当選すれば、新基地反対をめぐる県政の状況も大きく変わりかねない(写真は県民大会で演説する翁長知事の次男、雄治氏)。









新基地建設に反対する理由 




 名護市辺野古の新基地建設をめぐり沖縄は正念場を迎えている。防衛省は8月にも、埋め立て土砂を投入し基地建設を本格化する方針である一方、公約として「沖縄に新たな基地をつくらせない」を掲げてきた翁長雄志知事が7月27日、埋め立て承認の撤回を表明した。あくまでも「辺野古に建設することが唯一の解決策」を譲らない政府・自民党は承認撤回を無効化する対抗策を打ち出し、さらには今年11月に予定されている県知事選では、佐喜眞淳・宜野湾市長を担ぎ出し県政を奪還、新基地建設に向けて盤石の態勢を整えようとしている。

 一部メディアでは、辺野古の新基地建設は既定路線であり、日本の安全保障のためにも「悪あがき」は止めるべきという論調が流れる。実際、県外に住む友人からも「沖縄はいつまで反対を続けるのか」と不思議がる声を聞いたことがある。こういった意見が出てくる背景には、戦中戦後の沖縄を苦しめてきた歴史に対する無理解があるのではないかと思う。太平洋戦争中は本土防衛の捨て石にされ、戦後は日本の早期独立や経済成長の取り引き材料にされてきた。沖縄の住民はさまざまな被害を被ったが、その一面に光を当てたのが弊社発行の『沖縄の基地と性暴力』である。詳しい内容は「沖縄探見社の本」のコーナーで紹介している。













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伝統芸能・行事

薄れゆくお盆の感触 

 今日8月25日はお盆の最終日、ウークイ。台湾付近にある熱帯低気圧の影響だろうか、サッーと雨が降ったかと思えば、雲が割れて青空と太陽が顔を出し、しばらくすると、雲が空を覆いサッーと降り出す。熱帯のスコールのような天気を繰り返している。沖縄の天気も熱帯化しているのだろうか。

 沖縄も那覇の中心街だけを見ると、ふだんとほとんど変わらない。明るくディスプレイされた土産物店や飲食店はいつもどおりに開店し、観光客が途切れることなく行き交う。昔ながらの店の中には、旧盆ゆえに店を閉めることを告げる張り紙がぽつりぽつりとあるが、独特の空気感はない。

 子供のころ、お盆が近づくにつれて独特の空気が漂い次第に濃くなるのを感じた。霊魂のようなものが集まってきているという感覚だったと思う。しかし、近年はそうした空気を感じることはほとんどない。1年をのっぺり真っ平らにして、途切れることなく同じサービスを提供し続けるという方向に社会が動いている。効率と便利さを求めれば、仕方ないのかもしれない。

 このまま日本はどこへ向かっていくのだろうか。新しい年中行事や祭りをつくり出す動きもある。その典型がハロウィーンだろう。普段とは違う自分に変身し日常を引っくり返す。地域共同体や宗教的意味合い、歴史の積み重ねは求めず、同じ感覚や趣味を持つグループが集まり、それぞれの年中行事や祭りを築くしかないのだろうか。














宜野湾市大山区の大綱引き 

  

 宜野湾市の大山小学校グラウンドで7月29日、大山区の大綱引きが行われた。沖縄では雌綱と雄綱の二つの綱を繋ぎ合わせて引き合うが、大山区の大綱は繋ぎ合わせる先端部分「カナキ」が円環状になっている点が特徴的である。

 前村渠(めーんだかり)と後村渠(くしんだかり)の二チームに分かれて引くが、本番前の「ガーエー」では、それぞれのチームを象徴する旗頭「和気満堂」と「協力一致」が舞を披露し、高さと力強さを競う。旗頭はそれぞれ長さ6メートル、重さ30キロある。続く「アギエー」では、二つのチームが六尺棒でカナキを高く掲げてぶつけあう。本番では、二つの綱がカナキ棒でつながれた後、引き合う。













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■自然と食■


狂い始めたか沖縄の気候 

昨日、熱帯低気圧から台風になった7号が、明日は沖縄本島に接近するという。台風の発生場所が、ここ2,3年かなり沖縄に近づいている。

 今日30日は朝から、空模様がめまぐるしく変わる台風特有の天気になっている。薄い墨を幾重にも重ねたような不穏な雲が慌ただしく空を駆け抜けたかと思えば、青空が広がり夏の太陽が顔を出し、しばらくすると再び灰色の厚い雲が空を覆い、強い雨粒が家々の屋根に打ち付ける。そんな繰り返しである。

 セミの鳴き声も聞いた。今年初めてだと思う。次第に音量が上がり、頭上を飛び交う大合唱へと変わっていくのだろう。あの狂気じみた鳴き声を聞くと、毎年何か落ち着かない気分。「命を燃やせ! 干からびて動けなくなる前に」とせかしているように思える。 












通りを彩るホウオウボク 

  

 伝説の鳥「鳳凰」を連想させることから名付けられたホウオボク。花のつきがよい年と悪い年があるように思えるが、今年は当たり年ではないだろうか。県内各地で鮮やかな花を咲かせている。那覇市内では、モノレール牧志駅前広場のホウオウボクがひときわ目立つ(左写真)。本島北部でも所々みられるが、宜野座村の国道329号沿いのホウオウボクは強力な存在感を放つ(右写真)。この幹の太さは那覇市内ではなかなかない。













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代表の編集雑記帳

スコール化する沖縄の雨と「日本万歳」番組 

今日から9月に入ったが、沖縄の暑さは変わりないようだ。気になるのが最近の雨の降り方。前日の天気予報では、雨マークがなかったにもかかわらず、当日になると、強い雨に突然襲われる。ほぼ連日である。今日(9月1日)も、前日の天気予報に雨はなかったが、午前中から強い雨と何度も遭遇。短時間で晴れ間も見えるから熱帯のスコールのようだ。午後5時前から降り出した雨は、写真のようにかなり激しかった。降る場所もかなり局所的かもしれない。午前中に首里金城町を歩いてかなり降られたが、昼前に那覇中心街に戻ると、雨が降った形跡がまったくない。今の時期、沖縄に来られる方は、雨の天気予報がなくても、朝晴れていても傘を用意しておいた方が安心だろう。

それと、最近やはり気になるのがテレビにおける「日本万歳」番組の多さだ。一部政治家が「愛国教育」を声高に叫ぶのと同じ動きに思えてならない。確かに、日本文化のよいところや、日本人が過去に残した偉業を伝えること自体、悪くはないが、日本文化の悪い点や過去の歴史の過ちから目を背けていれば、「愛国心」の暴走を招きかねず心配である。己の欠点や歴史の失敗に目を向けなくなったとき、傲慢さがどんどん増幅していき、他国との軋轢を力と勇ましさで解決しようとしかねない。





















沖縄から見える忖度日本の行方 

 

 昨年から今年にかけて話題になった忖度(そんたく)は、もともと悪い考え方ではない。たびたび日本の美徳として取り上げられる「おもてなし」も、忖度の延長線上にある。本人が口にする前に、その人が喜びそうなことを微に入り細に入り用意しておく。まさに忖度の極地である。

 ただし、忖度が社会の公正さを歪める方向へ突き進むとき、思わぬ危険性をはらむ。戦後、民主主義が持ち込まれたはずの日本では、まだ自分で考え判断して行動する「個」が確立されていない。周囲の動きや雰囲気を見ながらの行動が一般的。加えて、冷静になることを呼びかけ、社会全体が一方向に流れるのを押しとどめる役割を持つはずのメディアも、むしろ後押しする傾向にある。

 特に近年は、視聴者や読者の心境を忖度した番組や記事づくりが目立つ。日本は強くて美しいというナショナリズムが濃くなりがちな社会の雰囲気に応えて、「すごいぞ日本」を煽る記事や番組がやたら増えている。「個」が確立してない日本では、ナショナリズムを沸騰させる危険性を秘める。

      
















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島暮らしジャーナル 過去の記事

基地を読む

 ・普天間の移転先選びは沖縄の責任か

 ・駐留米軍の脅威が台風だった時代

 ・翁長知事の亡き後の沖縄

 ・新基地建設に反対する理由

 ・慰霊の日と軍用機の訓練

 ・訓練空域と化した那覇市上空

 ・埋め立ての進む辺野古沖

 ・那覇市上空を闊歩する早期警戒管制機

 ・日常化する軍用機騒音

 ・米軍ヘリのトラブル続きで本音!?

 ・沖縄の米軍ヘリ事故で日本従属が浮き彫り

 ・米軍ヘリの墜落と基地負担の粉飾

 ・沖縄から見える反米と石油禁輸の光景

 ・オスプレイが飛び続ける理由

 ・北朝鮮のICBMと沖縄の基地

 ・監視社会と日本

 ・お試し安保と改憲に普天間移設

 ・映像イメージの北朝鮮と沖縄

 ・沖縄の米軍基地と北朝鮮をめぐる危機

 「基地依存」にまつわる沖縄神話

 ・トランプ政権と沖縄

 ・沖縄から見える首相の真珠湾訪問

 ・飛行再開で那覇市上空にもオスプレイ

 ・ 軍用機飛び放題の沖縄の空

 ・各国の思惑入り乱れる沖縄

 ・北朝鮮政策と辺野古移設

 ・環境問題から捉える辺野古問題

 ・のどかな離島でも軍事訓練

 ・高江ヘリパッドと民主主義

 ・都知事選騒動の陰で新施設着工

 ・EU離脱と沖縄の基地

 ・基地被害を訴え続ける沖縄

 ・日米同盟を過信していないか?

 ・オスプレイ輸送を考える

 ・問われない基地負担軽減の真偽

 ・辺野古移設と宜野湾市長選

 ・小泉進次郎人気と宜野湾市長選

 ・宜野湾市長選や参議院選の予防線か

 ・軍用機飛び放題の那覇上空

 ・見え見えのディズニー宜野湾誘致

 ・提訴後の辺野古・抗議現場

 ・ヘリ護衛艦が米軍港に

 ・辺野古をめぐる政府内の茶番

 ・「辺野古監視3委員への寄付」を読む

 ・ユネスコと辺野古とメディア攻撃

 ・オスプレイの訓練強化と紛争のゲーム化

 ・罰せられない?米軍犯罪

 ・米兵犯罪と人権問題

 ・米軍基地と人権問題

 ・忘れてはならない米軍事故史

 ・嘉数高台から辺野古工事の中断を考える

 ・米軍機の部品や備品の落下事故が頻発

 ・繰り返される墜落事故

 ・枯れ葉剤を沖縄で投棄や散布と証言

 ・安全保障関連法案と枯れ葉剤

 ・抑止力を本当に信じているのか

 ・減らない沖縄の航空騒音

 ・沖縄に海兵隊は必要か

 ・なぜ抑止力の中身を問わないか

 ・慰霊の日を前に安保法制を考える

 ・ヘリ搭載護衛艦や海掃母艦も

 ・ホワイトビーチの自衛隊艦艇

 ・オスプレイのデータは信頼できるか

 ・初めに結論ありきのオスプレイ運用

 ・払拭できるかオスプレイの危険性

 ・復帰記念日に「九条の碑」を考える

 ・安倍首相の訪米から見えるもの

伝統芸能・行事

 ・旧盆を迎える沖縄

 ・宜野湾市大山区の大綱引き

 ・橋から飛び込む奥武島ハーリー

 ・月桃の季節と共同井戸

 ・地域ごとに違う清明祭

 ・素朴な調べが響く首里のクェーナ

 ・足を激しく踏み鳴らす汀良町の獅子舞

 ・月夜の首里城で歌や組踊

 ・知名のヌーバレー

 ・伊集の打花鼓

 ・北谷の南ヌ島

 ・葬送儀礼の移りかわり

 ・夜に催されていた那覇大綱挽

 ・ガーエーから綱の合体へ 那覇大綱挽の本番

 ・那覇大綱挽で盛り上げ役の旗頭

 ・沖縄の葬儀と墓を考える

 ・真栄里の大綱引は激しいぶつかり合いも

 ・休憩タイムもある糸満大綱引 

 ・地域によって違う沖縄の獅子舞

 ・中秋の名月と沖縄の獅子舞

 ・小浜島のダートゥーダー

 ・独特の所作が際立つ与那の海神祭

 ・神々しい空気漂う比地のウンジャミ

 ・エイサーとコンクール

 ・街角のエイサー演舞

 ・地域差が大きい南風原町の綱引き

 ・立つ創作・企業系のエイサー団体

 ・締太鼓を蹴り上げるエイサーも

 ・うるま市のエイサー

 ・エイサーの移り変わり

 ・部外者禁止の秘祭、アカマタ・クロマタ

 ・角をぶつけ合うヤギたち

 ・海で穢れを落とす浜下り
 
 ・月蝕の空と神ありし日々

 ・なぜ御嶽がそこにあるのか

 ・一段と華やかさを増すジュリ馬

 ・粟国島のマースヤー

自然と食

 ・狂い始めたか沖縄の気候

 ・通りを彩るホウオウボク

 ・今年もシロツメクサの季節に

 ・暖かさが不気味な沖縄の冬

 ・失われた沖縄の風景

 ・真夏の朝にサガリバナ

 ・疑惑を追及する日米メディアの差

 ・梅雨入りした那覇と復帰45周年

 ・沖縄の花の季節

 ・沖縄で花開く熱帯木

 ・那覇でもデイゴが開花

 ・東京はサクラ、那覇はイッペー

 ・旧正月と立ち飲み屋

 ・ぴんとこないヤンバル世界遺産

 ・樽貯蔵の神村酒造を見学

 ・開発の波をもろにかぶるウミガメ

 ・増える希少動物の交通事故

 ・本島ではサンゴ礁10%以下が8割

 ・ヤンバルクイナが増えているかも

 ・真夏の清涼剤サガリバナ

 ・鮮やかな花をつけるホウオウボク

 ・ミジュンの煮つけ

 ・姿を変える沖縄の干潟

 ・本島南部の小規模酒造所めぐり

 ・離島の辛口泡盛を試す

 ・泡盛と焼酎の境界を考える

 ・自分へのご褒美で国華を購入

 ・泡盛の比べ飲み 咲元・珊瑚礁編

 ・離島フェアで黒糖焼酎

 ・ケラマジカとの遭遇

 ・野趣あふれる宇嘉川歩き

 ・激変する浜辺の風景

 ・台風15号接近中のフクギ

 ・表情を変えるヤンバルの川と生き物たち

 ・台風と夕焼け

 ・花をつけない那覇市の街路樹

 ・意外に難しいデイゴの満開

 ・カツオと沖縄の深い関係

 ・カルスト地形に揺れるテッポウユリ

 ・泡盛のブレンド力

 ・沖縄から見える塩づくり

 ・豆腐に懸ける沖縄の情熱


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代表の編集雑記帳 過去の記事

 ・スコール化する沖縄の雨と「日本万歳」番組

 ・薄れゆくお盆の感触

 ・沖縄から見える忖度日本の行方

 ・浦添市美術館の北斎展

 ・ネコブームについて再び

 ・オウム世代の高学歴が抱える弱さ

 ・グアテマラの火山噴火を考える

 ・70年以上変わらない「上官命令」

 ・過去と向き合わない日本政府

 ・どこへ行った「主権回復の日」?

 ・ヒカンザクラが那覇市内でも見ごろ

 ・猫ブームと那覇の街角

 ・ 正月の首里城と出版展望

 ・日馬富士騒動の陰で消えたもの

 ・『首里城への坂道』に読む人生の形

 ・見えにくい保守と革新の境界線

 ・県産本フェア始まる

 ・旧盆ムード漂う沖縄の街

 ・加熱する沖縄の夏と憎しみの連鎖

 ・台風5号の接近と改造安倍内閣の発足

遠くなりゆく戦後と戦跡

 ・盛り上がらない那覇市議選

 ・トランプ流がはびこるグロテスクな時代

 ・謙虚さが失われて深まる権力者と忖度の関係

 ・疑惑を追及する日米メディアの差

 ・監視社会と日本

 ・沖縄を語る難しさ

 ・「火花」に感じた太宰の影

 ・雰囲気重視の就活

 ・日本の働き方と休み方を考える

 ・むなしく響く「プレ金」

 ・「安保条約5条適用」は手柄か?

 ・5地域の出版人が沖縄に集結

 ・リオ五輪は単なる反面教師か

 ・セミと大橋巨泉と参院選

 ・選択に挑んだ英国と選択を避ける日本

 ・振り払えない成長幻想

 ・沖縄の季節は一気に夏へ

 ・巨大な自然の力の陰で

 日本人の鉄道愛の功罪

 ・日本人は新幹線開通に弱くなったのか

 ・観光振興と社会的憎悪社会的憎悪

 ・総活躍社会に漂う戦前の香り

 ・食事のおやつ化の先にあるもの

 ・アイドルから政治家まで自分の言葉で語れない日本

 ・自宅で豆苗を育てる

 ・「建国の日」に国の起源を考える

 ・道徳授業の復活を考える

 ・琉球王国時代の気風を読む

 ・沖縄のクリスマス

 ・神のインフレ時代

 ・久高島で受け継がれる心と命

 ・那覇の熱帯夜と屋台村

 ・沖縄で考える人づきあい

 ・聖火と復帰前の沖縄

 ・実現寸前だった宮古・八重山分割案


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◆沖縄探見社について◆

沖縄にはヤンバルクイナやイリオモテヤマネコなどユニークで多様な生き物を育んできた自然があります。また、独立国「琉球王国」から日本への併合、さらにアメリカの支配下、そして日本への復帰という特異な歴史を歩んでいます。これらを知ることそのものも興味深く楽しいですが、本土にいたのでは感じにくい日本の光も影も、歪みも矛盾も直に感じられます。 

どこにいっても目抜き通りは、外から訪れた人に対して見栄えよく整えられています。土地の人々の気持ち、習俗、文化を知ろうと思えば、路地裏に回る必要があります。それと同じように、中央で「モノづくり大国」「伝統と儀礼の国」など日の当たる部分にばかり目を向けるだけでは日本のほんの一面しか分かりません。中央から最も離れ、取り繕うことからほど遠い「路地裏」沖縄では、日本のさまざまな面が見えてきます。沖縄を訪れようとする人はもちろん、さしあたって訪れる予定のない人も、「路地裏」からの目線で沖縄を、そして日本をとらえる相棒となるような本づくりを心がけています。




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