沖縄を深く知るためのガイドブック
編集・出版の沖縄探見社

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最新トピック








沖縄から見える忖度日本の行方 <代表の編集雑記帳

 

 昨年から今年にかけて話題になった忖度(そんたく)は、もともと悪い考え方ではない。たびたび日本の美徳として取り上げられる「おもてなし」も、忖度の延長線上にある。本人が口にする前に、その人が喜びそうなことを微に入り細に入り用意しておく。まさに忖度の極地である。

 ただし、忖度が社会の公正さを歪める方向へ突き進むとき、思わぬ危険性をはらむ。戦後、民主主義が持ち込まれたはずの日本では、まだ自分で考え判断して行動する「個」が確立されていない。周囲の動きや雰囲気を見ながらの行動が一般的。加えて、冷静になることを呼びかけ、社会全体が一方向に流れるのを押しとどめる役割を持つはずのメディアも、むしろ後押しする傾向にある。

 特に近年は、視聴者や読者の心境を忖度した番組や記事づくりが目立つ。日本は強くて美しいというナショナリズムが濃くなりがちな社会の雰囲気に応えて、「すごいぞ日本」を煽る記事や番組がやたら増えている。「個」が確立してない日本では、ナショナリズムを沸騰させる危険性を秘める。

      

格安航空券は格安航空券センター









浦添市美術館の北斎展 <代表の編集雑記帳

 手短に見えるもの、周りで動くもの、頭に浮かぶものを、とにかく手当り次第、絵筆で写し取る。「芸術」や「自己表現」が頭をかすめることなく、ひたすら物体を生き生きとした絵にすることだけが願い。浦添市美術館で開催中の北斎展を見た印象である。北斎が自らを「画狂人」と呼び、現在でいえば「ゴミ屋敷」のような家で死ぬまで絵筆をふるい続けたというエピソードが紹介されており、もっともだと思う。他人を感動させるには、狂人のような情熱が欠かせないことを教えてくれる。ただ、狂人のような情熱を注ぎこんでも誰しも北斎になれる訳でなく、たとえ、なれたとしても本人や周りの人々が幸せかどうかは別の問題だろうが。北斎展は9月2日まで。




















沖縄の基地と性暴力<沖縄探見社の新刊>

民家に押し入り女性の拉致も

戦中から現在まで続く悲劇の数々

A5判 全96ページ 定価1000円+税  沖縄探見社編・刊


基地に絡んで沖縄で繰り広げられた膨大な性暴力の歴史を振り返る本書の概要は次のとおり。

   目を覆いたくなる膨大な残虐事例

太平洋戦争に始まり、米軍統治下を経て、本土復帰後の現在に至るまで絶えることのない、性暴力の数々を紹介する。驚かされるのは件数の多さだけでない。屈強な男たちが大人数で暴行、武器を手に女性宅に侵入、抵抗する女性をメッタ突きなど、凄惨な事件が繰り返される。


  
戦争があおる性暴力の構造を分析

住民の意志とは無関係に、直接、間接に「戦争」に巻き込まれ続けた沖縄。増幅され巨大化した憎悪と差別意識は、飢えた野獣のように社会の最も弱い部分を探し出し徹底的に攻撃する。この構造は、沖縄の支配者が旧日本軍から米軍に転じても変わらなかった。

   犯罪を助長する風潮や法制度

沖縄が本土に復帰した後も、法の下の平等、人権の尊重、情報公開といった民主主義の基本原則よりも、米軍基地を優先させる法制度や風潮が犯罪を助長してきた事実は否定できない。殺人容疑で逮捕された米軍属は「逮捕されることは心配しなかった」と語った。


(お試し読み! 本書を一部抜粋した内容を、こちらをクリックすれば見られます


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ヘリ事故の連続と沖縄差別 <沖縄探検社の本

 1月6日、米軍ヘリが伊計島に不時着した。1つひとつの事故だけに焦点あてれば、単なる「事故」にすぎない。しかし、伊計島への不時着は昨年1月にも発生し、昨年10月に東村でヘリ炎上事故が起き、前月13日には宜野湾市の小学校がヘリの窓落下という事故に見舞われている。事故を1つの流れの中でとらえ、本土でこれだけ連続するだろうか、本土で米軍が同じような対応するだろうかと考えるとき、「沖縄では仕方ない」「沖縄ではこの程度のことは構わない」という差別意識が働いているのではないかという重い疑問がわく。

 米兵による性暴力についても同じことがいえるだろう。弊社発刊の『沖縄の基地と性暴力』は、米軍統治時代に満ちていた差別意識を指摘している。それは単なる推測ではなく、あからさまなものであった。米軍の直接統治がなくなっても、米軍は日本の法律の及ばないところにあり、現在はそうした差別意識が消えたといえるだろうか。

『沖縄の基地と性暴力』は米軍統治時代の差別構造を次のように説明している。「日本兵による中国人女性への性暴力を描いた第1章を思い出してもらいたい(このホームページの「沖縄探見社の本」のコーナーで、『沖縄の基地と性暴力』の一部抜粋のうち「沖縄守備軍は中国で何をしたか」を参照)。小さな頃から中国人を蔑視すると同時に、「優越民族」日本人による世直しとして旧日本軍の中国大陸への侵攻を正当化してきた。実際に兵士となって、中国軍と戦火を交えるうちに中国人への憎悪と差別意識はさらに増幅し、女性への性暴力さえ罪の意識を失う。

 米兵による沖縄女性への性暴力も、日本兵を米兵に、中国人女性を沖縄女性に置き換えれば同じ構図でみられる。「ファシズム国家」「貧しく野蛮な未開国家」日本は、「民主国家」「豊かな文明国」米国によって打ち負かされ治められるべき存在とみなす。日本軍との戦闘によって被害が出れば、さらに日本への憎悪と差別意識が膨らんだ」

「例えば賃金では、米軍統治下の沖縄の人々は、本土の日本人や外国人との間には、意識的に大きな差をつけられた。沖縄タイムス1952(昭和27)年6月14日付によれば、本土企業の幹部は、同じ職種でも賃金格差があることを次のように認めている。『トラックドライバー等の普通労務者賃金(時給)は(中略)B円に換算すると2331銭から20円となり琉球労務者のトラックドライバー17円、軽トラックドライバー11円に比較しても大きな差がある。社として優秀な労務者に対して日本人労務者並の賃金を支給したいが、布令によって労務賃金が規定されているので、どうにもならない』。

1956(昭和31)年5月には、労働組合の国際組織である国際自由労連の調査団が訪れ、沖縄の労働条件などについて調査した。それによれば、次のように「人種差別賃金」が行われていると批判した。

国際自由労連が指摘した賃金格差

国籍     最高時給 最低時給

米国人    6.52ドル 1.20ドル

フィリピン人 3.77ドル 0.52ドル

日本人    1.03ドル 0.83ドル

沖縄人    0.36ドル 0.10ドル    

 差別は賃金だけでなく、労働条件や職場環境にも及んだ。1952(昭和27)年には、本土の土建工事会社である松村組、アメリカ人請負業者のVC、軍関係の機械修理工場KOTの3社で社会の注目を集める労働争議が発生した。いずれも、きっかけは突然の解雇だった。労働者の証言によれば、KOTで会社側の代表者と労働者たちが交渉していたところ、空軍警察官10人ほどが現れて労働者たちを警察本部へ連行、なぐったり壁に向かって立たせたりした後、解雇に同意させたという。3社いずれのケースも、労働者はストライキに踏み切ったり解雇撤回や退職金の支給を行政へ訴えたりしたが、要求はほとんど認められることなく争議は自然消滅に向かった」

「沖縄と同じように連合国の占領下にあったにもかかわらず、日本本土では1946(昭和21年)から1947(昭和22)年にかけて、労働者の基本的な権利を定めた労働三法(労働組合法、労働関係調整法、労働基準法)が相次いで施行された。一方、沖縄で労働三法が成立するのは1953(昭和28)年7月(施行は同年10月)である。しかも、米軍はあらかじめ布令を発して、軍雇用員をこの労働三法の適用範囲から除外した。

差別待遇を感じるのは賃金や解雇手続きだけではなかった。軍関連の職場に1951(昭和26)年就職した元衆議院議員の上原康助氏は著書『基地沖縄の苦闘―全軍労闘争史』で次のように語っている。『50年代前半までは沖縄人を人間扱いせず、まるで虫けら同然だった。沖縄人とも呼ばず、琉球人、またはローカルネイティヴ(地方人または土人)という呼称を意識的に使い、お前らは日本人ではないのだ、という態度で徹底した差別政策を押しつけた。便所も、米人専用(注・本土からきた日本人も使用)と沖縄人用を区別した。むろん、米人専用は設備も立派であった』。コーヒーショップや簡易食堂があっても、沖縄の人々は利用できなったという」








すさまじい終戦直後の米兵性犯罪 <沖縄探見社の本

1117日から、うるま市在住の女性(当時20歳)を暴行殺害したなどとして、強姦致死、殺人、死体遺棄の罪に問われている元米海兵隊員で軍属だった男(33歳)の裁判が那覇地裁で開かれているが、終戦直後の米兵による性犯罪のすさまじさは顧みられることは少ない。この状況をみれば、米軍関係者による性犯罪に注目する報道に疑問を投げかけ「性犯罪は日本人でも起こす。たまたま米軍関係者だっただけ」という言葉は出てこないだろう。弊社発刊の『沖縄の基地と性暴力』は次のように説明している。 

「沖縄女性が狙われるのは外出する時だけではない。戦後まもない時期、夜中に米兵が集団で押しかけ女性を拉致する事件も頻発した。あらかじめ女性がいる家に目星をつけておいたようだ。家族が助けようと抵抗すれば、米兵は銃を持っていて発砲も躊躇しない。まさに強盗団の振る舞いである。女性は自宅にいても心休まらない時代であった。

本部町の男性(当時55歳)による証言である。

 「私の家の近所に照屋松助という頑丈な男がいた(中略)そこに突然銃を持った2人の米兵が現われ、妻子に乱暴しようとした。たまりかねた彼は起き上がって来て米兵の前に立ちはだかり、『私も海軍にいたことがあるが、君たちのように非道なことをしたことはない、さっさと帰りたまえ』とどなりつけた。言葉は通じなかったものの、その場は何事もなくおさまり、米兵らはいったん引き上げたかに見えた。ところが、間もなく米兵らが戻って来て、彼を叩き起こし、銃をつきつけて前へ歩くように命じ、前の原っぱに連れ出していきなり射殺したのであった。(中略)

昼のうちにそこらを徘徊していた数人の黒人兵は、家の中に何人かの女性がいるのを見ていたのであろう。その晩おそく、黒人兵らが突然その家の中に踏み込んで来た。大声をあげて逃げまどう婦人たちを追いかけ、1人ずつわし掴みにして闇に消えた。相手は銃を持つケモノたちである。その場に居合わせた男たちには、どうすることもできなかった」『沖縄県史10 沖縄戦記録2』(国書刊行会 1974年)

このほか、次のような具体例がある。

 ・1946(昭和21)年4月7日、首里市(現在の那覇市)の自宅で夕食後、28歳の女性は夫と雑談していたが、3人の米兵が侵入、夫を押さえ込み強姦される

 ・同年6月13日深夜、小禄村(現在の那覇市)の男性宅に米兵2人が侵入。男性が大声をあげると、米兵は逃走しながら拳銃を発射、屋内で寝ていた2人の女性がけがを負う

 ・同年6月22日午前零時半ごろ、小禄村の自宅で46歳の女性が寝ていたところ、米兵(黒人)3人が侵入、拳銃で脅迫して軍部隊の兵舎へ拉致される。同日午前4時ごろには、大里村(現在の南城市)の自宅で19歳の女性が寝ていたところ、雨戸をこじ開け侵入してきた米兵(白人)3人に拉致される

 ・同年8月18日、首里市の男性宅へ米兵3人が侵入。男性が妻や近所の女性をかばって抵抗すると、米兵の1人から切りつけられ頭にけがを負う

 ・1947(昭和22)年9月22日、27歳の女性が大里村の自宅で寝ていたところ、トラックで乗りつけた4人の米兵が侵入、女性を連れ去る

 ・同年10月1日、28歳の女性が越来村(現在の沖縄市)の自宅で寝ていたところ、米兵が侵入して女性を取り押さえた後、畑の中に連れ込んで強姦し拳銃で頭部をたたき殺す」

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路地裏からの沖縄旅

首里城周辺> <那覇市中心街・市場周辺

沖縄本島南部> <沖縄本島中部

沖縄本島北部> <沖縄の離島

沖縄の信仰・宗教





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路地裏からの沖縄旅 ニューピックアップ

空き店舗が目立つ市場界隈 

 沖縄の主な観光スポットの一つ、牧志公設市場で最近、空き店舗が目立つようになった。特に精肉や野菜の売り場に多い。一方、市場周辺で最近、飲み屋が増えている。立ち飲み屋、さらに、椅子やテーブルを歩道に並べた開放的な飲み屋が目立つ。

 沖縄を訪れる観光客が増え観光業は活気づいているといわれてきただけに、市場の空き店舗は意外に思えたが、観光ブームによる恩恵を、誰が受けて誰が受けないか考えれば不思議はないのかもしれない。土産物屋とは違い、観光客が増えても、生鮮食料品が中心の公設市場ではなかなか商売につながりにくいのだろう。

 もともと那覇市の地元住民が普段の生活で使う食材を買い求める場所だった。次々と校外にできる大型スーパーに地元住民が吸い寄せられる一方、目立つようになったのは観光客である。しかも、最近、観光客が増えたといっても大半が外国人。国内の観光客は横ばい状態である。

 公設市場一階に入る鮮魚店では、魚を買って二階の食堂で調理して食べられるというシステムがあるため、外国人の観光客を取り込める余地がある。実際、一階の鮮魚店では中国語のできる店員を雇ったり中国語の説明文を張り出したりしていて、二階では刺し身の盛り合わせに舌鼓を打つ外国人観光客の姿をよくみかける。周辺の飲食店も観光客を期待できる。一方、肉、それに特に野菜は、食材そのままでは観光客を取り込める余地は少ないのだろう。











浮島時代の那覇を思い浮かべ
 




  


 ここ10年という期間だけでも、那覇市内で風景がどんどん変わっていく。数カ月も経てば以前の風景を思い出すことがなくなる。新しく生まれた風景を、何の感慨も持たずに日常として受け入れる。風景が変わることに感覚が麻痺しているのかもしれない。以前見たことのある風景でさえ、こんな状態だから、100年、200年昔の見たことのない風景に思いを馳せることなどほとんどない。

そんな中、琉球王国時代に広がっていた風景を想像できる場所が、都市モノレールの美栄橋駅近くにある。久茂地川沿いの道と平行して走る道であり、崇元寺の前あたりで枝分かれして、美栄橋駅近くで再び川沿いの道と合流する。那覇がまだ沖合に浮かぶ島「浮島」であり、あたり一帯が海だった時代、浮島と本島を結んでいた海中道路「長虹堤(ちょうこうてい)」の跡である。明治以降は埋め立てによって陸地化したが、周りの土地に比べ少し高く段差があるところに、何かしら歴史の変遷のようなものを感じる。美栄橋近くの広場には、長虹堤の歴史などを記した説明板が設けられている。

海と陸地が共存していた時代が思い浮かぶ。逆に、現代の暮らしがいかに海を遠ざけ、目を向けなくなっているかが分かる。街がどのように変わってきたのか。そこを知らずには、街がどのように変わっていくべきか語れないだろう。












どう変わるか、農連市場周辺 

初めて、建て替えられた農連プラザに行った。早朝に始まる市場部門が完全に終わっている午後にのぞいたせいもあるが、飲食関係の店が多く、以前の農連市場とはだいぶ雰囲気が変わっている。この新しい施設のめざすところは、地元買い物客か、それとも観光客か見えにくい。周りの商店街とのバランスもどうなっていくのか。特に昭和の香りただよう太平通りとの対比が興味深い。独特の雰囲気を醸し出す那覇の市場街は観光資源であること間違いない。まだ、オープンして数カ月だから答えを出せないが、農連プラザで得た結果を、老朽化の目立つ市場街をどう建て替えていくのかに生かしてもらいたいところである。














(「路地裏からの旅」の続きはこちらをクリック)






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路地裏からの沖縄旅 地域別



首里城周辺

 ・首里城からの夕日

 ・玉陵で感じる死者との距離

 ・船がさかのぼった松川地区 

 ・感謝の気持ちを忘れない沖縄 ~松と水に恵まれた松川地区~

 ・心なごむ首里の路地裏

 ・首里城で感じる歴史の感触

 ・首里城に琉球独自の漆塗り技法

 ・首里城城郭の曲線美を味わう

 ・首里城から最高の展望

 ・仏教と琉球王国

 戦争の記憶をとどめる首里城のアカギ

 ・ツワブキと首里城

 ・首里城の祈りを再現

 ・多くの聖地を抱える首里城

 ・首里城の未公開区域を歩く

 ・首里城の時間感覚 

 ・美しいアーチの石橋

 ・ライトアップされた首里城

 ・「座る」文化からみた首里城

 ・首里城が放つ空気感

 ・首里城と龍の関係を考える

 ・沖縄戦で使われた糸数壕とスパイ容疑

 ・削除された「慰安婦」「住民虐殺

 ・首里城に残る日本軍司令部壕跡

 ・スフィンクス的なシーサーと筋肉質のシーサー

 ・「首里城」の読み方と目的

 ・首里金城町の共同井戸

 ・国王も雨乞い祈願

 ・首里金城町の石畳道と井戸

 ・首里の路地裏を龍潭池から北へ


那覇市中心街・市場周辺


 ・空き店舗が目立つ市場界隈

 ・浮島時代の那覇を思い浮かべ

 ・どう変わるか、農連市場周辺

 ・海洋国家・琉球王国の残影

 変わりゆく那覇のスピード

 ・沖縄のチャイナタウン

 ・沖縄の風景となった花ブロック

 ・那覇市の中心に古墳群

 ・那覇市は「国際」ブームの先駆け?

 ・浮島・那覇の変遷をみる

 ・天ぷらと那覇の変わりゆく風景

 ・浮島・那覇の名残

 ・那覇市にたたずむ塩田跡の碑

 ・沖縄におけるペリーの足跡

 ・戦後復興の原点と王国時代の名残

 ・那覇マチグヮーのレトロな看板 

 ・那覇市の中心で川の上に延びる商店街

 ・那覇市場の名物、ユンタクと猫

 ・近代日本最初の海外派兵は?


沖縄本島南部

 ・海に目を向けた琉球王国

 ・中城湾を臨む坂道に歴史の名残

 ・八重瀬町の琉球古民家

 ・巨岩と亜熱帯樹が絡み合う斎場御嶽

 ・斎場御嶽にたてこもった敗残兵たち

 ・南風原陸軍病院壕の惨状


沖縄本島中部

 ・普天間の過去と今がみえる嘉数高台

 ・浦添グスク跡に首里の原型を見る

 ・勝連城からの絶景

 ・荒波打ち寄せる岬の灯台 

 ・海中道路の複雑な風景と歴史

 ・浜比嘉島のエイサーと路地裏


沖縄本島北部

 ・国頭村のリゾート地区・鏡地

 ・豊かな実りと奥間集落

 ・味わい深い与那の集落

 ・神秘の空気漂う塩屋湾

 ・下から見上げた瀬底大橋

 海上を走る感覚の古宇利大橋

 ・奥行きを感じさせる羽地内海

 ・離島や本島北部に残るフクギと石垣の風景

 ・買い物弱者を支える共同売店


沖縄の離島

 ・闇夜に浮かぶフクギ並木

 ・高台から眺めた渡名喜島

 ・沖縄で一番高い城跡は? 久米島の宇江城城跡とは?

 ・2つの具志川城跡の物語

 ・魚の群れを眺める阿嘉島の北浜ビーチ

 ・慎ましやかな離島の灯台

 ・白保のサンゴ礁 魚湧く海

 ・竹富島の家並み 無駄を削ぎ落とした美 

 ・竹富島の夕日 移ろいゆく海と陸と雲

 ・渡嘉敷島の渡嘉志久ビーチ

 ・平久保埼灯台 絶妙なコントラスト

 ・久米島東海岸 おだやかな遠浅の海


沖縄の信仰・宗教

 ・沖縄のテラとは何か

 ・沖縄の土帝君信仰

 ・沖縄の霊石信仰

 ・沖縄の蔵骨器と龕 

 ・琉球は中国寄り?日本寄り?

 ・どこにあるかレトロな郵便ポスト


 
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沖縄探見社の本

『データで読む沖縄の自然環境』

50年で大きく変貌したサンゴ礁

希少種を追いつめる新たな天敵

・今脚光を浴びる沖縄の自然

沖縄県内では、国際的に重要な湿地として5カ所がラムサール条約登録地。国立公園も「西表石垣」「慶良間諸島」に加えて、新たに「やんばる」(沖縄本島北部)が指定される見通し。世界自然遺産登録をめざした動きが活発化する。

・何が沖縄の自然をむしばむか

 一方、現状を見渡すと、沿岸部の開発や埋め立て工事、赤土の流入、外来種の侵入、地球温暖化、さらに米軍基地がまき散らす有害物質など希少な動植物や国内随一のサンゴ礁への脅威は大きい。 

・図表も使って分かりやすい解説

 やんばる(本島北部)の森からマングローブ林やサンゴ礁まで、沖縄の自然を網羅するデータを図表とともに使ってやさしい説明。専門性の高い内容についてはコンパクトで分かりやすい解説や背景説明を加えている。


さらに詳しい情報や購入方法はこちらをクリック

A5判 全112ページ 高橋哲朗著

定価1000+税 沖縄探見社発刊

 


 

データで読む沖縄の基地負担

沖縄における枯れ葉剤の投棄・散布疑惑

毎月のように起きる航空部品・備品の落下紛失

事故が続くオスプレイの恐怖


 


沖縄の基地問題をめぐって、日々伝えられる情報やデータは断片的で、時として専門的な用語をはらんでおり、分かりにくいことが多い。そこで、分野ごとに関連する情報やデータを結びつけ時間軸に沿って並べ替えるとともに、やさしい説明を入れ解きほぐすことによって、基地負担の全体像がみえてくる。近年起こった基地問題に関するデータを網羅。



A5判 全128ページ 沖縄探見社編

定価1100+税 沖縄探見社発刊


基地問題は「普天間」だけじゃない

 航空機騒音、米兵犯罪、事故の危険、環境汚染、さらにベトナム戦争時代の「遺産」枯れ葉剤問題も終っていない! 豊富なデータで浮かび上がる実態

 新たな基地負担を問う

 隠蔽と不信の連鎖が渦巻く中でオスプレイを配備。「アメとムチ」で普天間基地の辺野古移設が強引に進められる。負担軽減と呼べるのか

基地をめぐる「歴史認識」

 沖縄の基地問題を真に理解するためには、本土防衛の「防波堤」となった沖縄戦や、本土の反基地運動を緩和するために実施された海兵隊の沖縄移転を踏まえる必要がある

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天才・岡本太郎を驚嘆させた民俗芸能を味わう!

「沖縄の伝統行事・芸能を歩く」






A5判、全128ページ、並製本、高橋哲朗著


本体価格1,100円+税












・沖縄の多様でユニークな行事・芸能を紹介

 天才・岡本太郎を「こんな小さな島の中に、どうしてあんなに数多く、豊かに残っているのか」(『沖縄文化論 忘れられた日本』より)と驚嘆させた民俗芸能を、沖縄に今も息づく旧暦文化に沿って紹介する 

・写真を多用し地域ごとの特色や伝統の由来を解説

 同じ季節の節目でも沖縄では本土とまったく異なる行事が行われる。また、沖縄の中でもエイサーや獅子舞、綱引きなどは地域ごとの違いが際立つ。豊富な写真とともに地域の特色や伝統の由来を解説する 

・自分の目と耳で堪能する! 開催・鑑賞情報も掲載

 観光県・沖縄では伝統行事・芸能を気軽に見られる機会は多い。エイサーをはじめ地域のイベントの中で頻繁に上演されるからだ。こうしたイベントの開催・鑑賞情報もふんだんに盛り込んでいる。 

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<そのほかの既刊本>

詳しい解説を読むには、各書のタイトルをクリックしてください


                 
     (沖縄戦の「狂気」をたどる) (沖縄・米軍基地データブック) (いかに「基地の島」はつくられたか

                          
          (沖縄で自分史・記念誌をつくる) (国会議員になった「隠れキリシタン」) (沖縄エコツアーガイドブック





(沖縄探見社の本について詳しい解説や注文方法についてはこちらをクリック)




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島暮らしジャーナル 


基地を読む


慰霊の日と軍用機の訓練 

 沖縄戦における組織的な戦闘が終わったとされる6月23日は慰霊の日。久しぶりに那覇市の空は静かになった気がする。米軍も多少配慮したのかもしれない。しかし、週が明ければ再び爆音が始まるだろう。

 北朝鮮の平和攻勢にアメリカのトランプ大統領が応じる格好で東アジアの緊張緩和が進んでいるといわれるが、沖縄の空を見るかぎりは一段と、軍用機の飛行が激しさを増している。1時間に何度も轟音をとどろかせながら、灰色の鉄の塊がわがもの顔で空を切り裂いていく。おそらく那覇市のような人口密集地域の上を飛ぶなんて、米国本土や日本本土など他の地域ではなかなかできず、よい訓練になるのだろう。表向きは平和を演出しながらも、マスコミが注目しないような場所では、しっかり牙を研ぐことを忘れない。軍事大国のやり方だろう。






 


訓練空域と化した那覇市上空 

 

 初の米朝首脳会談に向けて、世界的に緊張緩和ムードが流れているが、那覇市上空を見る限りは、軍用機の往来が以前に増して激しくなっている。記事に添付した写真は6月7日から8日にかけて、那覇市の人口密集地域から300ミリ望遠レンズで撮影したもの。このくらいの大きさで写るほど低空で飛行している。これは珍しいことではなく、近年頻繁に起きている。

 7日夜には、午後11時近くにオスプレイと思われる独特の飛行音が響き渡った。沖縄本島の人口密集地域が訓練空域と化したと言っていいだろう。東京に7年間住んでいたが、このくらいの高度を米軍機が飛ぶのを見たことがない。同じように飛んでいたら大問題になるはず。沖縄だからできるのだろう。
















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伝統芸能・行事

橋から飛び込む奥武島ハーリー 

  

 前日の強風と暴雨がうそのように晴れあがった6月17日。旧暦の5月4日にあたるこの日、南城市・奥武島で開かれたハーリー(爬龍船競漕)をのぞいた。奥武島は御願ハーリーだけでも7つあり、しかも橋から海中へ漕ぎ手が飛び降りて船に乗ったり、船を一度転覆させてから再度乗ったりするなど独特の競い方をする。年齢層別に参加するハーリーもあり、島の男たちが幅広く参加。糸満や那覇の爬龍船競漕のようにぴっしりした衣装がないことで、ぼのぼのとした運動会的な雰囲気が漂う。ハーリーの鐘の音が梅雨明けを知らせるといわれるが、穏やかな海辺で一日過ごすと、長い雨空に滅入りがちだった気分をだいぶ解きほぐしてくれる。













地域ごとに違う清明祭 

「門中 清明 お墓展」が3月16日から28日まで那覇市歴史博物館で開催され、これにちなんで18日には同館で、沖縄国際大学総合文化学部非常勤講師の稲福政斉氏が清明祭について講演した。同氏の講演で一番印象的だったのは、清明祭に地域差があることだった。清明祭といえば、親戚一同がお墓の前で飲食をともにする風景を思い浮かべていたが、同氏によれば、これは那覇市など沖縄でも一部地域に限られている。糸満市など本島南部では、清明祭には縁のある墓をいくつも回らなければならないから、墓にはお供えをするだけで、家族で食事をするのは墓とは別に公園など景色のよい場所。八重山や宮古など先島では、お墓の前で食事をするが、清明祭ではなく旧暦の1月16日、あの世の正月といわれる16日祭であるという。
























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■自然と食■


狂い始めたか沖縄の気候 

昨日、熱帯低気圧から台風になった7号が、明日は沖縄本島に接近するという。台風の発生場所が、ここ2,3年かなり沖縄に近づいている。

 今日30日は朝から、空模様がめまぐるしく変わる台風特有の天気になっている。薄い墨を幾重にも重ねたような不穏な雲が慌ただしく空を駆け抜けたかと思えば、青空が広がり夏の太陽が顔を出し、しばらくすると再び灰色の厚い雲が空を覆い、強い雨粒が家々の屋根に打ち付ける。そんな繰り返しである。

 セミの鳴き声も聞いた。今年初めてだと思う。次第に音量が上がり、頭上を飛び交う大合唱へと変わっていくのだろう。あの狂気じみた鳴き声を聞くと、毎年何か落ち着かない気分。「命を燃やせ! 干からびて動けなくなる前に」とせかしているように思える。 












通りを彩るホウオウボク 

  

 伝説の鳥「鳳凰」を連想させることから名付けられたホウオボク。花のつきがよい年と悪い年があるように思えるが、今年は当たり年ではないだろうか。県内各地で鮮やかな花を咲かせている。那覇市内では、モノレール牧志駅前広場のホウオウボクがひときわ目立つ(左写真)。本島北部でも所々みられるが、宜野座村の国道329号沿いのホウオウボクは強力な存在感を放つ(右写真)。この幹の太さは那覇市内ではなかなかない。













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代表の編集雑記帳


ネコブームについて再び 

 那覇市の市場界隈に居つくネコが結構いて、それを目当てにネコ愛好家がやってくるらしい。最近は「野良ネコにエサを与えないように」の張り紙が多くなったが、それでも他の地域に比べると寛容であり、至るところで野良ネコたちが勝手気ままに振る舞う姿を見かける。最近、ネコブームと呼ばれるのも、ネコと人間の距離感が今の時代に合っているせいだろう。あまりくっつきすぎず、べたべたしない一方、時折可愛げのある表情や仕草をみせる。飼うとしても犬のように散歩に連れて行く必要はなく手間がかからない。適度な距離感が心地よい。



















オウム世代の高学歴が抱える弱さ 

 昨日、7月6日は、地下鉄サリン事件などを引き起こしたオウム真理教の元幹部7人に死刑が執行され、テレビ各局が大々的に報道した。その中で繰り返し発せられた言葉が、「なぜ高学歴の人たちがオウム真理教のような宗教にのめり込み犯罪に手を染めたのか」だった。

 刑が執行された元幹部らと同じ世代である筆者からすれば、オウム真理教にのめりこんだ心境は想像できなくもない。自分で人生の目標や価値を決めて、それに向かって進んでいくことが難しかったのかもしれない。それに比べれば、高学歴を獲得するための受験勉強は簡単である。何をどうすればよいか明らか。努力の成果はテストの点数としてはっきり表れる。

 しかし、高学歴を手にした後、一般社会に船出しようとすれば、受験勉強のようにはいかない。自分で目標をたて努力の仕方も自分で決めなければならない。受験勉強に追われてきただけに、どう考えればよいか分からない。しかも、日本は高度経済成長期を終え、「末は博士か大臣か」や、大企業における昇進など、社会的に高い地位を目指してがむしゃらに突っ走るという生き方も輝きを失っていた。もっと精神的に満たされる生き方がないか思い悩むうちに、自分の進むべき道を宗教が照らすように感じたとしても不思議はないだろう。











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 ・枯れ葉剤を沖縄で投棄や散布と証言

 ・安全保障関連法案と枯れ葉剤

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 ・沖縄に海兵隊は必要か

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伝統芸能・行事

 ・橋から飛び込む奥武島ハーリー

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 ・素朴な調べが響く首里のクェーナ

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 ・「安保条約5条適用」は手柄か?

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◆沖縄探見社について◆

沖縄にはヤンバルクイナやイリオモテヤマネコなどユニークで多様な生き物を育んできた自然があります。また、独立国「琉球王国」から日本への併合、さらにアメリカの支配下、そして日本への復帰という特異な歴史を歩んでいます。これらを知ることそのものも興味深く楽しいですが、本土にいたのでは感じにくい日本の光も影も、歪みも矛盾も直に感じられます。 

どこにいっても目抜き通りは、外から訪れた人に対して見栄えよく整えられています。土地の人々の気持ち、習俗、文化を知ろうと思えば、路地裏に回る必要があります。それと同じように、中央で「モノづくり大国」「伝統と儀礼の国」など日の当たる部分にばかり目を向けるだけでは日本のほんの一面しか分かりません。中央から最も離れ、取り繕うことからほど遠い「路地裏」沖縄では、日本のさまざまな面が見えてきます。沖縄を訪れようとする人はもちろん、さしあたって訪れる予定のない人も、「路地裏」からの目線で沖縄を、そして日本をとらえる相棒となるような本づくりを心がけています。




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