沖縄を深く知るためのガイドブック
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沖縄から基地を読む

沖縄の米軍基地と北朝鮮をめぐる危機 

最近、那覇市の上空を頻繁に軍用ヘリが行き交っている。メディアで盛んに煽られている米国と北朝鮮の軍事衝突危機に関係しているのだろうか。報道によれば、嘉手納基地では戦闘機を並べて北朝鮮を威嚇する映像が制作されたという。ふだんは在日米軍の必要性を声高に説くメディアも、軍事衝突が起きれば、国内で最初に攻撃の対象となるという視点から沖縄を語ることはない。

全国放送のテレビ番組は、米国と北朝鮮の一歩もひかない「勇ましい掛け声」を垂れ流したり、無味乾燥の数字を並べて江核戦争の恐ろしさを解説したりするだけ。日本政府の立場に関しては、とにかくトランプ政権についていくしかなく、朝鮮半島からの日本人の退避や北朝鮮からミサイルが発射された場合の避難方法など、今、真剣に議論すべきテーマかピントはずれの話題ばかりが流れてくる。

必要なのは客観的に冷静に判断できる材料であり、軍事衝突を回避するために何が行われ、どのような可能性があるかが議論されるべきだろう。安全保障の専門家ではないので、本当に軍事衝突が起こるのかどうか分からないが、はっきりしているのは、漠然とした不安や敵意が吹き荒れる中、「勇ましい掛け声」を好む人たちによってトランプ政権や安倍政権の支持率が上向くことである。








「基地依存」にまつわる沖縄神話

 

 1月16日夜、琉球放送の番組「好きか嫌いか言う時間」で、新たなカジノ建設の候補地として、堀江貴文氏が「沖縄」を挙げた。理由は「基地依存をしている」からであり、新たな産業振興の起爆剤になるという趣旨の発言をした。さらりと「基地依存」に触れ、その具体的な内容を説明したわけではなく、まもなく他の話題に移ったが、「基地依存」という言葉は、誤った神話や偏見を生み出しかねないだけに慎重に使うべきと思った。

 沖縄県では、歳入に占める基地関連収入の比率が2割を超える自治体があるものの、全県41市町村のうち4つにすぎない(2013年度)。県全体では県民総所得に占める基地関連収入の比率は、本土復帰直後の15.5%から2013年の5.1%まで低下している。どういう文脈かにもよるが、ややもすると「基地依存」だから沖縄経済に基地は欠かせないとか、基地がなくなってほしくないと県民は本心では考えているという主張の論拠にされてしまう。しかも、基地関連収入ばかり強調され、どのような不利益を被っているか説明はない。中には、「基地依存」にもかかわらず基地に反対するのは政府からより多くの補助金などを引き出すため、などという論調もある。

 最近、沖縄の反基地運動に対して批判的なメディアが見受けられる。沖縄タイムス1月11日付は、1月2日の東京MXテレビの番組「ニュース女子」で、東村高江の米軍ヘリパッド建設について「過激派が救急車も止めた?」「反対派は日当をもらっている?」など事実誤認が繰り返されたと指摘する。

米国政府や米軍の関係者も同様の発言をしている。2010(平成22)年10月、米国務省日本部長(当時)のケビン・メイア氏は同省内で開いた米学生向けの講演で、沖縄について「合意重視の和の文化をゆすりの手段に使う」「ごまかしの名人。怠惰でゴーヤーも栽培できない」などと述べ翌年、更迭された。

2012(平成24)年9月、在沖総領事が着任の記者会見で「普天間飛行場は特に危険であるとは認識していない」「歴史の流れの中でどうして周りに(住宅が)密集したか不思議だ」と述べた。2015(平成27)年2月、北部訓練場の司令官が、東村高江のヘリパッド建設に反対して座り込む市民らを「東京の共産党かNPOか分からないが、お金をもらっている」と決めつけた。










トランプ政権と沖縄

最近は那覇市の比較的低空を飛ぶ戦闘機の姿をよくみかける。飛行形態も以前は1機単独か2機のペアぐらいだったが、写真(1月11日撮影)のように4機編隊も珍しくなくなった。オスプレイも7日から空中給油を再開したと報じられたが、より実践的な訓練を試みているのだろうか。12日に開かれた米上院軍事委員会の指名承認公聴会で、国防長官の指名を受けている元中央軍司令官がロシアや中国の脅威や懸念がかつてないほど高まっていると発言したことに通じるものがあるのだろうか。

 20日に発足する米国の新政権について、トランプ次期大統領が過激な発言を繰り返す一方、政権の具体的な方向性を見せてないこともあって、日本への悪影響を危ぶむ声がよく聞かれるが、沖縄にとっては、在日米軍基地を根本的に問い直す良い機会になるかもしれない。

戦後、米国のためか、日本のためか、目的は何か、はっきりした説明や議論のないまま、「日米同盟」という曖昧な言葉のもとに、広大な米軍基地が沖縄に置かれ続けた。東南アジア、台湾、中国など紛争が予想される地域に近いメリットがあるかもしれないが、ミサイル技術が発達した現代において、近い場所にまとまった基地があることは逆に攻撃を受けやすいと指摘する専門家もいる。

いずにせよ、トランプ次期大統領が発言したように「100%日本が駐留経費を負担しなければ米軍は撤退」までいかなくても、経費の負担増を求めてくることは十分予想されるため、この要求を拒否するにしろ応じるにしろ、在日米軍基地は何をどう守るためにあるか、真剣な議論が必要になろう。基地はどの程度の規模が適正かという議論も出てくるかもしれない。少なくとも沖縄にとっては基地の見直しのきっかけになる可能性を秘めていよう。








沖縄から見える首相の真珠湾訪問

1228日、ハワイの真珠湾を訪問した安倍首相のニュースがテレビで大々的に流された。画面の向こうの安倍首相は、太平洋戦争を激しく戦った日米が和解し強固な同盟関係を築いたと盛んに強調していた。今年5月オバマ大統領の広島訪問を実現させたことを併せて思い浮かべれば、安倍首相を平和主義者のリーダーと錯覚する人が増えるかもしれない。

しかし、沖縄からは、平和主義者としての振る舞いも何か都合の悪い部分を隠すためにしか見えない。前日の27日には、政府は翁長知事をはじめ沖縄の強い反対にもかかわらず、普天間基地の辺野古移設工事を再開した。安倍首相が強調した日米同盟も、1950年代、全国的に反米軍基地運動が広まり大きく揺らいだが、海兵隊など多くの米軍基地を本土から沖縄に移すことによって抑えられた。つまり、負の側面を本土から隠すことによって同盟が維持された。日米同盟は健全な二国間関係によって育まれたかどうか問い直すべきである。

日米両国が和解の歩みを続けること自体は歓迎すべきだろうが、それによって現実を見る目を曇らせてはいけない。プーチン・ロシア大統領の訪日によって目立った成果が出なかったことや、昨年から今年にかけて安全保障関連法案の成立や憲法9条の改定論議によって武力増強への動きが際立っていることも忘れてはならないだろう。










飛行再開で那覇市上空にもオスプレイ 

1213日に名護市安部の浅瀬で大破する事故を起こして以来、停止していた米軍輸送機オスプレイの飛行が19日、再開された。さっそく那覇市上空にも午後5時半ごろ現れ、独特のプロペラ音を響かせて普天間飛行場方面へ悠々と飛んで行った。政府は、オスプレイの機体そのものは安全とみなして飛行再開を受け入れたとしているが、事故を起こした機体の回収も終わらない状況で、何を根拠に安全と判断したか今のところはまったく分からない。

米軍や政府が、最初に「不時着」という言葉を使った時点から、事故を小さく見せようとする意図を感じないではいられない。オスプレイの機体がバラバラの光景を目にすれば「墜落」がふさわしいことは明らかだろう。今回の事故以前にも、米軍がオスプレイの事故を矮小化し安全性を強調する傾向を、元関係者が指摘している。弊社の『データで読む沖縄の基地負担』が次のように説明する。

「米軍や日本政府がオスプレイを安全とみなす根拠として事故率の低さを挙げるものの、データの見せ方や分類に問題があるとする声もあがっている。防衛・外務省が発表した「MV22オスプレイの沖縄配備について」などの資料では、10万飛行時間当たりのクラスA(※2)事故の発生率が海兵隊平均の2.45に比べMV22オスプレイは1.93と低いとして、より安全のように記述されている。

しかし、飛行事故についてクラスB(※2)は、海兵隊平均の2.07に対してオスプレイが2.85、クラスC(※3)については海兵隊平均3.53に対してオスプレイが11.45と、いずれも高い。クラスAの事故についても、普天間基地でオスプレイに取り換えられるCH461.11と比べれば、これを上回っている。しかも、海兵隊が1991(平成3)年以降に発生したMV22のクラスA事故を7件と発表しているのに対して、元米海兵隊大尉で軍事評論家のカールトン・メイヤー氏は、本来はクラスAであるはずの多くの事故が「地上の事故」と分類されたり損害額を算出しなかったりするなどして除外されており、実際には少なくとも23件発生していると指摘する。(★1 

2 クラスA クラスB クラスC(事故のクラス分け)

事故を被害に応じて、クラスA(政府への被害総額が200万ドル以上や死者の発生)、クラスB(被害総額200万ドル未満50万ドル以上や重い後遺症者の発生)、クラスC(被害総額50万ドル未満や軽傷者の発生)の3つに分類される。

1:琉球新報2012年9月20日、1012日付」

 








軍用機飛び放題の沖縄の空

 

 今週、那覇市の空には頻繁に軍用機が行き交った。まず、目立ったのはヘリとオスプレイ。週前半には、珍しいヘリの3機編隊が低いところを飛び、写真のようにオスプレイが、市街地ど真ん中にある自宅上空の真上を通過していった。新聞報道によれば、オスプレイ3機が1122日夜、宜野座村の民間地上空を2時間にわたって旋回。24日には普天間飛行場に米空軍のC5ギャラクシーとみられる超大型輸送機が着陸した。米軍では部隊の交代期にあたり、普天間飛行場では大型輸送機の飛来が相次いでいるという。






各国の思惑入り乱れる沖縄

1018日、比較的低空で那覇市上空を飛ぶ戦闘機を何度も見かけた。この写真を撮影した時は、2機がかなり接近して比較的低空で飛行していた。ここ数日は、オスプレイも頻繁に通過。前日は午後10時近くまで、オスプレイ独特の爆音が鳴り響いた。

地元紙の報道によれば、嘉手納基地では同日早朝に米サウスカロライナ州基地所属のF16戦闘機10機が飛来し、午前8時から午後1時までF15戦闘機などがタッチアンドゴーを100回ほど繰り返したという。いずれにせよ、沖縄は頻繁に軍用機が行き交っている。今年は北朝鮮がミサイル発射や核実験を繰り返していることと関連するのだろうか。

先日の全国メディアの報道によれば、次期最新鋭戦闘機F35は沖縄でなく、三沢に配備される。F35は非常に高価であるため、中国のミサイルに狙われやすい沖縄には配備できないと防衛省が判断しているそうだ。

こうした報道や最近の米軍の動きから浮かび上るのは、武力衝突が起きかねない沖縄である。近海では中国の軍用機や軍艦の出没も伝えられる。各国が沖縄周辺で活動し挑発し仮装敵国の出方や方針をうかがう。場合によっては実際に火花を散らすことも厭わないのかもしれない。各国にとって主要な領土から離れた沖縄は、小競り合いをするには最適の場所。沖縄戦と同じく再び、本土を守るために「捨て石」になりかねない。









北朝鮮政策と辺野古移設

 

 安保法制の成立から1年。反対勢力を力で抑え込もうとする安倍政権の姿勢がより鮮明になっている。米軍普天間基地や本島北部ヘリパッドの移設工事では対決の構図が強まるばかりである。

辺野古埋め立て工事承認の翁長知事による取り消しめぐって先日、福岡高裁那覇支部の判決は違法と認定。たった2回の口頭弁論で、普天間基地の移設問題は「辺野古が唯一の解決策」と判断するとともに、県民が選挙で辺野古移設反対の民意を示しても、基地負担の軽減につながることから問題ないともしている。政権の意向にはぴったり寄り添った内容であり、司法の独立をまったく感じさせない。政権首脳の方針に反発・疑問を許さない北朝鮮を笑えないだろう。

その北朝鮮といえば、弾道ミサイルの発射を繰り返し5回目の核実験に踏み切った。核兵器を含め攻撃技術を進歩させているのは確実であり、日本政府がこれまで繰り返してきた「日米同盟の強化」や「厳しい経済制裁」だけでは、北朝鮮や関係の深い中国の歯止めにならならいことは明白だろう。複雑に政治・経済利益が絡み合い、情報ネットワークが広く張り巡らされた現代では、1国が他国を経済力や技術力で勝つことはできても、完全に圧倒し屈服させることは難しい。力で抑え込むだけの戦略から切り替える必要があるだろう。

 






環境問題から捉える辺野古問題

 米軍普天間基地の辺野古移設は、沖縄の重い基地負担という面から語られることが多いが、環境問題という面からもじっくり語られるべきだろう。弊社の新刊『データで読む沖縄の基地負担』では次のように解説している。

「辺野古沖を含む大浦湾一帯のサンゴ礁は、世界的にみても最も多様な生き物が生息する場所として知られる。近年、沿岸部の工事や汚染によって琉球列島の多くの場所でサンゴ礁が失われる中、大浦湾一帯は開発による大きな被害を免れた貴重な存在といえる。

 新基地建設にあたって沖縄防衛局や県が作成した資料(※1)でも、大浦湾は豊かな生態系が残ることが指摘される。それらによると、大浦湾一帯の海では、5334種もの生物が記録され、その中には262種の絶滅危惧種が含まれる。具体的には、環境省や沖縄県のレッドリストに記載されている、次のような生き物の生息が確認されている。

【藻類】

・リュウキュウアマモ(準絶滅危惧種)

・リュウキュウスガモ(準絶滅危惧種)

・ホソエガサ(絶滅危惧Ⅰ類)

・クビレミドロ(絶滅危惧Ⅰ類)

・ウミフシナシミドロ(絶滅危惧Ⅱ類)

【節足動物】

・コムラサキオカヤドカリ(準絶滅危惧種)などオカヤドカリ類4種(国指定天然記念物)

【魚類】

・トカゲハゼ(絶滅危惧ⅠA類)

【爬虫類】

・アオウミガメ(絶滅危惧Ⅱ類)

【水鳥類】

・ベニアジサシ(絶滅危惧Ⅱ類)

・エリグロアジサシ(絶滅危惧Ⅱ類)

【哺乳類】

・ジュゴン(絶滅危惧ⅠA類、国指定天然記念物)

 大浦湾のオソエガサは沖縄本島でも有数の分布規模を誇る。ジュゴンの食み跡も発見されており、一帯は生息域と考えられる。ユビエダハマサンゴ群落や大規模なアオサンゴ群落も確認され、多くのサンゴ群集が良好な状態で生き残っている。

同湾へ流れ込む大浦川と汀間川の魚類相は、琉球列島の中でも屈指の多様性を備え、貴重種も極めて多い。大浦川の河口に広がるマングローブ林は大浦湾も含め、生態系の豊かさから、環境省の「日本の重要湿地500」に選定され、ラムサール条約登録湿地の国際基準を満たす潜在候補地としても認められている。新基地建設予定地と周辺地域は、「自然環境の保全に関する指針(沖縄島編)」(1998年2月、沖縄県)において「自然環境の厳正な保護を図る区域」であるランクⅠと評価されている。

1沖縄防衛局や県が作成した資料

沖縄防衛局が201112月に県に提出した環境影響評価書および、その環境影響評価書について2012年2、3月に示された県知事意見」









のどかな離島でも軍事訓練

沖縄本島と久米島の間に横たわる渡名喜島の港で、ぼんやりと夕日を眺めていたときのことである。2機の黒い軍用ヘリが静寂を切り裂き重い羽音を響かせて視界に飛び込んできた。2機はしばらく入砂島の上を旋回している。入砂島は、渡名喜島の沖合に浮かぶ小さな無人島。水滴のような形をした平たい島であり、NHKドラマ「ちゅらさん」のオープニングにも使われたことでも知られる。

 2機の軍用ヘリはしばらく入砂島の上をぐるぐる回った後、1機が空中でホバリングをしながら止まり、もう1機が島の上をなめるように飛び回る。「ダッ、ダッ、ダッ、ダッ」という音が響く。火花が見えないから実弾ではないだろうが、空砲を撃っているようだ。おそらく、1機が島へ兵士を降ろすか、島から兵士を引き上げ、この作業がスムーズにいくようにもう1機が敵を攻撃し威嚇するという想定だろう。

沖縄に10年住み米軍基地もちょこちょこ見に行っているが、射撃音を聞くのは初めてである。こんなのどかな島で生々しい訓練が行われるのかと思う半面、肝心なことこそ、人目につかない場所と時間に行われるという政治のしきたりを思い起こした。リオ五輪での日本人選手の活躍に世の中が湧く中、沖縄県・高江ではヘリパッド建設が推し進められる。反対する車両が排除され、抗議の市民が排除・逮捕されている。








高江ヘリパッドと民主主義

 写真は東村高江を流れる新川川であり、あたりは静かなヤンバルの森が広がる。その高江では7月22日、米軍北部訓練場のヘリパッド建設工事が再開。全国各地から集められた大勢の機動隊員たちが反対する市民たちを実力で排除する姿がニュースで流れた。こうする以外に方法はないのか。暗く重い気持ちになる。ヘリパッドが完成すれば、オスプレイなどの訓練が本格化する。

 同じ沖縄本島北部で、米軍普天間基地の代替施設として新基地建設が計画されている名護市辺野古と同じ構図である。沖縄の基地負担を軽減するから、同じ沖縄に別の基地を造らせろという。終戦後まもない時期から米軍基地を押し付けてきたのだから、少なくとも本土で引き受けるのが筋であろう。しかも、沖縄の一部の政治家を振興策というエサで巻き込んで、日米政府が勝手に決めた内容でも「同意を得た」と押し切る。

 沖縄で近年実施された国政選挙では、新基地建設について「NO」の結果が出続けている。衆院選にしても参院選についても沖縄選挙区はすべて与党候補が敗れている。新基地建設に反対ならば沖縄が代替案を出すべき、という声が政府側から聞こえてくるが、長年迷惑施設を押し付けられてきた側が代替案をつくらなければならないのだろうか。

安倍政権は少なくとも沖縄の基地政策について傲慢さが目立つ。国政選挙で勝ち国民の信任を得たと自信を深めているのだろう。誰しも平等に不利益を被る政策については多数決で決めるのも仕方ないだろう。しかし、一部の地域や人々だけが不利益を被る政策を多数決で決めれば「多数の横暴」である。何についても多数決で決めることが民主的ならば、大多数の人が「気分がすっきりする」「煩わしいことがなくなる」として、特定の少数の人をいじめたり不愉快なことを押し付けたりしても「民主的」になってしまう。








都知事選騒動の陰で新施設着工

 

 地元紙の報道によれば、政府は7月22日にも沖縄本島の米軍北部訓練場でヘリパッドの建設を開始するという。北部訓練場のヘリパッドといえば、北部訓練場の一部を返還するから、残る訓練場内に新しいヘリパッドを建設するという事業である。普天間基地の辺野古移設の陰に隠れがちだが、「沖縄の基地負担軽減」の題目を唱えながら県内で基地をたらいまわしにする構図は辺野古移設とまったく同じである。

 「基地負担軽減」を掲げる事業計画そのものにまやかしの論理が透けてみえるが、着工のタイミングにも政治的意図が見え隠れする。工事を強行する政府側とこれに反対する住民側がもめて注目を集めれば参院選に影響が出かねないと配慮し、ちょうど参院選が終わってまもないこの時期を選んだのは明らかだろう(参院選では配慮もむなしく沖縄選挙区の自民党候補は落選したが)。しかも、参院選がかすむほど都知事選がメディアの関心を呼び、今回のヘリパッド着工が報道されにくい状況にある。都知事選は政策の議論というよりは先の読めないドラマ展開で盛り上がる。政府側は辺野古工事の再開も模索しているという。









EU離脱と沖縄の基地

 前回に続いて選挙の争点について語ろう。EU離脱をめぐる英国の国民投票では、移民、市場開放、貧富の格差、国家間の利害調整など多くの問題があぶり出しれた。問題そのものは社会の歪みや分裂を招く要因であるが、問題が存在する以上は、国民の前に示さなければならない。

 一方、日本おいては、特に与党側は、現状を少しずつ変えることによって安全保障は守られ経済成長を続けられると、非常に耳ざわりのよい話しか出さない。本当だろうか。耳ざわりのよさが嘘であることは、沖縄の現状が端的に象徴する。日米同盟に伴う負担は、在日米軍の専用施設の74%が集中する沖縄が担ってきたから、ほかの地域では議論の対象にならなかっただけである。

 沖縄では日々間近でみているから、治外法権のような米軍を駐留させておくことが独立国家として正常なのか、米軍は治外法権状態でよいのか、本当に米軍は日本を守るのか、日本を守るとしても駐留米軍の規模は適正なのか、日本のどこに配置することが適正か、さまざまな疑問がわく。安全保障は国全体の問題だから、これらは国全体で話し合い、米軍の駐留を負担すべきだろう。しかし、沖縄県外に駐留が分散すれば、各地で反対運動は起き、米軍駐留は国を二分する争点になりかねない。だから、米軍駐留は沖縄に封じ込めておくべきと政府は考えるのだろう。

 経済成長についても同じことがいえよう。市場開放や移民流入をめぐるEUの混乱を、日本の政府与党は対岸の火事のように眺めている。しかし、日本のように人口縮小社会において、市場開放や移民流入なしで確実な経済成長が可能だろうか。可能と言い切るならば、リスクなしに高額の配当が得られる金融商品サギにしか聞こえない。いくら技術革新で生産を効率化し拡大しても、買い手が増えなければ経済は大きくならない。着実な経済成長を目指そうとすれば、国内外に商品の買い手を増やすために、人種・文化摩擦や従来型の産業衰退など社会の混乱を覚悟しながら市場を開放し移民を受け入れる。そうでなければ、混乱の少ない均質社会を守るため、市場開放や移民流入は最小限に抑え、静かに老成と縮小に向かう社会を目指すか。

 







基地被害を訴え続ける沖縄

 

 「元海兵隊員による残虐な蛮行を糾弾! 被害者を追悼し海兵隊の撤退を求める県民大会」(主催・オール沖縄会議)が6月19日、那覇市の奥武山公園陸上競技場をメーン会場に開かれた。当日は午後1時過ぎ、牧志駅からモノレールに乗ったが、5分間隔で運行しているにもかかわらず車内はすし詰め状態であった。

 大会は古謝美佐子さんが三線の弾き語りでしっとりと「童神」を歌い上げ後、参加者全員で事件の犠牲者に対して1分間の黙とうを捧げ始まった。主催者や来賓の挨拶が続くが、ほかの基地関連の集会に比べ、政治家の挨拶は少ない一方、犠牲者と同年代の若い人たちのメッセージが多かった。若い女性が犠牲となった事件を契機として開かれる大会であり、参院選が近いこともあり政治色を薄めようとしたのかもしれない。

 この日は沖縄の夏本番。照りつける太陽と地面から立ち昇る熱で、立っているだけで汗が吹き出す。陸上競技場はほとんど日陰がないにもかかわらず、会場は満杯に近く、外で大会出席者の挨拶やメッセージに耳を傾ける人もいる(主催者発表によれば参加者は6万5000人)。参加者の顔ぶれは、小さな子供を連れた若い夫婦から高齢者まで幅広い。沖縄における基地抗議集会の伝統といえるかもしれない。米軍統治時代はもちろん、現在でも米軍基地に対しては選挙で直接抗議の意志は示せず、こうした集会を開くことによってしか示せないからだろう。

 もちろん、抗議集会を開いたら、すぐに何かが変わるわけではない。しかし、抗議の意志を示さなければ、受け入れたことになる。抗議し続けることが沖縄の民主主義の強みである。今の本土の民主主義に欠けている部分でもあろう。選挙は大切だが、意志表示方法の一つにすぎない。為政者が好き勝手に解釈できる。直接抗議し声を挙げなければ、選挙の時だけ有権者を「主権者」と持ち上げ、選挙の時以外は有権者に顔を向けない政治家がのさばってしまう。








日米同盟を過信していないか?

 米国大統領選が注目を集めている。まだ誰が民主、共和両党の候補者になるか確定していないが、今のところ候補者の発言から「米国は他国を守る余裕はない。自国のことで手いっぱいなんだ」という米国の本音が透けてみえる。これは、今に始まったことでなく、冷戦が終結してから浮き彫りになっている傾向だが、最近より一層はっきりしてきた。

 日本国内では、中国の海洋進出や北朝鮮の核・ロケット開発に対する脅威が声高に叫ばれているが、一番頼りにするのは結局、日米同盟である。しかし、米国が日本にために本気になって動くことがあるだろうか。北朝鮮については実質的に野放し。中国に対して警告のサインは出しても、腰を据えて向き合うという覚悟はみえない。死活的な利益がある中東においては、欧州諸国と足並みをそろえイランの核開発に一定の歯止めをかけたことと比べれば、米国の本気度がより鮮明になろう。

 米国は世界の警察を自認する超大国から、単なる地域大国の一つへと着実に転換しつつある。米国が死活的利益とみなす問題以外について軍事介入をする意志はなく、東アジア問題はその死活的利益ではない。いつまでも冷戦時代のように、米国との強固な関係をアピールし、力に頼る安全保障だけでは、役に立たない空手形ばかり集めているようなもの。いいように米国に利用されるだけでなく、独自に外交ルートを築く機会を失いかねない。米国頼りの外交・安保政策からの転換が必要なことは明白だろう。







オスプレイ輸送を考える 

 

週末にオスプレイが那覇市上空を飛ぶことはほとんどなかったが、おととい土曜日(4月16日)は頻繁にオスプレイが通過していたので「珍しいな」と思っていた。今朝(18日)の報道では、熊本地震に対する支援物資の輸送に、普天間基地配備のオスプレイを投入するという。週末の動きと関連があったのだろうか。

被災地は水や食料など物資が不足しているといわれるが、物資の振り分けなど地上作業の人員不足が主な原因と聞く。なぜ今、オスプレイを引っ張り出すのか。本当に、日本人が操作する国内のヘリよりも、米兵が操作するオスプレイの方が役立つのだろうか。まず、思いつくのは、災害現場で活躍させることによって、日本国内で起きていたオスプレイへの反発や恐れを少しでも和らげようとしているのではないかという疑念である。まだ具体的にどこにどのような形で投入するのか分からないので、はっきりしたことは言えないが、今後の行方を注意深く見守る必要があろう。









問われない基地負担軽減の真偽

 那覇市上空が騒がしい。戦闘機やオスプレイに加えて、見慣れない大型機もたびたび目にする。写真は3月2日、自宅から撮影したもので、大型輸送機C17と思われる。数日前の夕方、新都心公園を散歩中にも同じ機体を見かけたが、公園が高台にあり距離がより近いせいか、夕暮れの空を覆う黒い巨大な鉄の塊のような威圧感を覚えた。このほか、最近は戦闘機の4機編隊など見慣れない光景も現れる。

 米軍普天間基地の辺野古移設を進める代わりに、「基地負担の軽減」を政府はアピールするが、中央メディアが実態を検証することは少ない。ここ1年ほどに限っても、嘉手納基地には10機を超える外来機の暫定配備が6回も行われている。つまり、負担軽減策として、米軍機の訓練を県外に移転したといっても、それ以上に外来機がやってきて訓練を繰り返すのである。嘉手納町議会はこの時期、沖縄防衛局などに4回抗議したが、外来機の飛来は収まる気配がない。











辺野古移設と宜野湾市長選 

 

1月24日投開票の宜野湾市長選で、政権与党が前面支援した現職の佐喜真市長が勝利し、政権幹部は「辺野古移設が認められた」的な発言をしている。しかし、佐喜真市長は選挙戦を通じて、「普天間閉鎖」は訴えても辺野古移設には直接言及していない。

辺野古反対派への反発を避けたり、普天間を閉鎖するためならば辺野古に基地を押し付けてよいのかという考えに配慮したりしたと考えられるが、実際、そうした狙いが奏功し当選に結びついた。それが、当選した途端、市長本人は発言していないものの、後ろで支援していた政府が「辺野古移設が認められた」と声をあげるのはいかがなものだろうか。詐欺まがいといわれても仕方ないだろう。

安保法制についても同じ手口がみられる。総選挙では、安保法制とぼんやりした言い方しかしなかったにもかかわらず、勝利後は「選挙で認められた」と主張し、集団安全保障にまでいきなり踏み込む。こうした「民意」の曲解は許していたら、民主主義の根幹が揺るぎかねない。





小泉進次郎人気と宜野湾市長選

 

1月20日、宜野湾市長選の応援演説に小泉進次郎衆議院議員が来た。全国的な人気を誇る小泉議員が招かれることに不思議はないが、驚いたのが当日の朝刊である。新聞を丸々1ページ使って、でかでかと演説会の広告が掲載されていた。「意見広告」の表示がつき、あくまでも「大演説会」と銘打っていていたが、実質的には宜野湾市長選をアピールするもの。選挙に関連した広告としてはまったく異例だろう。

小泉議員の人気は宜野湾市でも高いようだ。登壇するまでもみくちゃになり、登壇してからも多くの観衆が写真を撮ったり声援を送ったりと、誰が候補者から分からない状態。演説は宜野湾市の名産、田芋から入って自分と宜野湾市や応援する市長候補との関係について語った部分が多く、具体的な政策について触れることは少なかった。直接沖縄にかかわることの少ない小泉議員が、いきなり来て宜野湾市の政策について踏み込めないという面もあるだろう。

人気を差し引けば、国政上の大きな決定権があるわけでもない小泉議員が宜野湾市長選に来る必然性はほとんどないが、かなり競り合いになっている選挙戦(1月19日発表の地元紙世論調査)では、少しでも票の上積みになることをしたいという陣営の狙いが込められているのだろう。







宜野湾市長選や参議院選の予防線か 

連休明けの11213日は、那覇市上空は比較的低い高度で飛ぶ戦闘機の姿が目立つ。写真に見るように、灰色の塊でなく機体の細部が確認できるような高度である。今年も飛び放題で飛ぶぞと宣言しているかのようだ。

 1月13日の地元紙の報道によれば、1月24日に投開票が行われる宜野湾市長選や7月の参議院選について、安倍首相は国会で「安全保障に関わることは国全体で決めることであり、一地域の選挙で決定するものではない」と答弁したという。発言そのものは一つの論理かもしれないが、一地域とは明らかに、米軍普天間基地の移設先である沖縄県であり、選挙結果が出る前の発言であるから、地元沖縄としては穏やかな心ではいられない。

 これまで「辺野古が唯一の解決策」を繰り返してきた政府の文脈を踏まえれば、沖縄でどんな選挙結果が出ても安全保障のことだから無視するという宣言として読める。もし、安全保障が国全体の問題というならば、国全体でその負担を担う姿勢を示してこなかったのか強い疑問も湧く。インターネットで見たところ、この問題を全国メディアはほとんど取り上げていないようだが、地元紙は「民意ないがしろ」と激しく反発している。

安保法制をはじめとした各種政策を、「選挙で信任された」と強力に推し進める一方、政府の都合の悪い選挙結果が沖縄で出れば「国で決めること」と無視する。選挙結果を自分の都合で解釈を変えているとの批判は免れられない。近年、沖縄選挙区の衆院選や県知事選では辺野古移設反対派が相次いで勝利したことをにらんで、宜野湾市長選や参議院選で敗れた場合の予防線を今から張っているのかもしれない。









軍用機飛び放題の那覇上空

  

 ここ数日は軍用機が那覇上空を飛び交うことが多いような気がする。1216日や15日の那覇市内は、低く雲が垂れ込める天気。雲で機体を隠せることが訓練の好機なのか、戦闘機やオスプレイなどの軍用機が頻繁に通過した。しかも市の中心街をかなり低い高度で飛ぶ戦闘機の姿もみられた。15日の午後6時すぎころからはオスプレイが次々と飛んで行ったらしく、特有の爆音がしばらく続いた。

これまでも、戦闘機は早朝に比較的低い高度で飛び、昼間は高い高度で飛ぶ傾向があるように感じたが、最近の傾向をみると戦闘機が低高度飛行をする時は、市民の目につきにくい時間帯や天候を意識しているのではと考えたくなる。

1214日、ほかの用事のついでに、うるま市の米軍施設ホワイトビーチをのぞくと、自衛隊の補給船と掃海艇が停泊していた。補給船は長期の作戦展開に必要な物資を補給するのが役目であり、掃海艇は機雷の除去が役目。米軍の後方支援を強化しようとする政府の姿勢を象徴する光景である。

 






見え見えのディズニー宜野湾誘致  

  

最近、爆音を立てる米軍機が那覇市上空を普天間基地に向けて飛ぶ姿をよく目にする。ほぼ毎日であり、これが永遠に続くような気がしてくる。こんな県庁所在地がほかにあるだろうか。写真は左が12月1日のオスプレイ、中央が3日のヘリ2機編隊、右が7日のヘリである。

新聞などの12月8日の報道によれば、宜野湾市の佐喜眞市長と首相官邸で会談した菅官房長官が、同市の米軍跡地へディズニーリゾート関連施設を誘致する計画に対して全面的な支援を表明したという。

 いままでまったく話題にも上っていなかったディズニーリゾートの誘致話が、宜野湾市長選が近いこのタイミングで表に出て、政府が支援を約束するなんて、辺野古新基地建設に宜野湾市民を傾かせようという政府の意図が見え見え。沖縄県民をアメとムチでなくウナギの匂いだけで釣れるというのだろうか。辺野古埋め立て承認をめぐり県を裁判所に訴える新基地建設のゴリ押しや、名護市の頭越しに地元集落への補助金交付を決めるなど、金と権力にものをいわせた政府の振る舞いが最近目立つ。





提訴後の辺野古・抗議現場 

 

  

久しぶりに1119日、名護市辺野古、米軍キャンプ・シュワブのゲート前をのぞいた。以前は、国道をはさんでキャンプ側・海側に抗議テントが張られていたが、現在は反対の山側に張られている。山側のスペースを生かせるため、テント内のスペースは広くて新基地建設などに関連する展示物も多い。テントに来ている人は以前に比べ増えている気がする。この日で座り込み501日目。まだ真夏のような天気が続く沖縄では一日でも座っているのは楽ではない。

大浦湾を見渡すと、辺野古沖に台船が浮かびボーリング調査を行っているが、以前と比べ沖合に調査現場が移っているようだ。調査が終了に近づき、やがて埋め立て本体工事が始まることを意味するのだろうか。

今月に入り、警視庁の機動隊が投入され抗議行動の市民との対立が激しさを増す。17日には政府は、翁長知事の埋め立て承認取り消しは違法として福岡高裁那覇支部に提訴。安倍首相は19日、オバマ大統領と会談し、「辺野古移設は唯一の解決策だ、確固たる決意で進める」と述べるなど、一歩も引く気配がない。

20日の新聞記事が興味深い。放射能汚染物質を運び込む処理場について、環境省は宮城県内で建設するための調査を断念することを発表した。これに対して村井県知事は米軍普天間基地の移設計画を引き合いに出しながら「(国は)沖縄では頑張っているじゃないか」「住民が反対しているから何もやらないというのなら、沖縄もやめるべきだ。矛盾している」などと述べたという。村井知事の主張の重点は、住民が反対しても処理場の建設を進めるべきだというところにあるが、国の対応が地域によって異なることを浮かび上がらせている。オスプレイ訓練の一部を沖縄から佐賀空港に移転させる件で、地元反対で防衛相が撤回したことも記憶に新しい。






ヘリ護衛艦が米軍港に

1114日、久しぶりに勝連半島の米軍施設ホワイトビーチをのぞいてみると、海上自衛隊の護衛艦らしき艦艇が少なくとも10隻以上、付近の海域にみられた。桟橋に停泊するのは明らかにヘリ搭載の護衛艦である。3文字の船名が書かれ、はっきりと読み取れないが、おそらく「いずも」であろう。

いずもは今年3月25日に就役した海上自衛隊最大の護衛艦。全長248メートル、幅38メートル、基準排水量1万9500トンである。以前、同じ場所で同じヘリ搭載護衛艦ひゅうがを見たことがあるが、それより一回り大きい気がする。桟橋の反対側には海掃艇らしき3隻が停泊し、さらに周囲には数隻の護衛艦とみられる船が航行していた。何かの訓練のために沖縄の海域に現れたのだろうが、ホワイトビーチで海上自衛隊の艦艇をよくみかける。米軍施設を利用するとは、米軍との連携が深まっている証しだろうか。







辺野古をめぐる政府内の茶番 

 

最近、オスプレイを含め米軍ヘリが普天間基地へ向かう姿が、那覇市上空によくみられる。1026日は、自宅から比較的近い場所を飛び、1029日には珍しい2機編隊のヘリが通過していった。記事で何度も書いてきたが、戦闘機も含め米軍機は那覇市のような人口密集地域を飛ぶことに何ら遠慮がないようだ。むしろ、何かの想定をして人口密集地域の上を意識的に飛行しているとも取れる。本土ではほとんど見たことのない光景であり、沖縄では何でもOKになっているのではと疑いたくなる。

普天間基地の名護市辺野古への移設に伴う埋め立て事業で1029日、沖縄防衛局は本体工事に着手した。1013日、翁長知事が埋め立て承認を取り消したが、防衛省が承認取り消しの効力停止を国土交通省に申し立て。国交相が27日、効力停止を決定したためである。防衛省にしろ、国交省にしろ同じ安倍政権の一部。申し立てをする先が中立な第三者という考えなく、自分で申し立てをして自分で決めて、県知事の決定を覆す以外の何物でもない。国が決定すれば何でもできてしまい、この国には地方自治がない実情を端的に表している。





「辺野古監視3委員への寄付」を読む

名護市辺野古の新基地建設で、環境面から国に指導・助言する「環境監視等委員会」の3委員が、就任決定から約1年間で、約1100万円の寄付を受け、ほかの1委員が、受注業者と関係の深いNPO法人の理事を務め年間200万円の報酬を得ていた――こうした報道が1019日から20日かけて、テレビや新聞で伝えられた。

報道そのものが驚きだが、各自然・環境方面の専門家であり科学者の委員たちのコメントがさらに驚きものだった。「何らやましいことはなく、審議に手を加えていない」「寄付や報酬と委員就任は関係ない」。それはそうだろう。寄付をもらったので手心を加えましたとか、業者に便宜を図っていましたとか、発言するはずもない。委員本人が否定すれば、金を手にしたがゆえに意見を変えたとか、なかなか立証できるものではない。

しかし、「李下に冠を正さず」という言葉は誰でも知っているはず。利害の関係する企業や団体から金を受け取れば、手心を加えたと疑われるのは目に見えている。食事をおごってもらった、お歳暮をもらったとはレベルが違う。数十万円から数百万円であり、庶民からみれば大金である。たとえ法律や内規に違反しなくても、手にするべき額ではなく、それを受け取るならば委員を辞職するべきと考えるのが常識ではないだろうか。それとも、近年の科学者にとっては、何ら意図もなく「挨拶」や「好意」として受け取れる額なのだろうか。

それにしても、午後9時からのNHKニュースは、「不公正」を否定する委員のコメントに加えて、ダメ押しのように「問題なし」の菅官房長官の発言を伝えるばかりで、「報道されたけど、騒ぐべきではない」とでも言いたげだった。公共放送ならば、こうしたグレーゾーンの寄付問題を解説する報道も入れるべきではないかと思った。








ユネスコと辺野古とメディア攻撃 

 ユネスコが「南京大虐殺」の資料を世界遺産に登録したことに対して、ユネスコ分担金の支払いを停止すべきという意見が政府や政権与党内からあからさまに出ている。数カ月前、自民党の若手有志の会で、安保法制に批判的なメディアに対して広告の差し止めなど経済的な制裁を加えるべきという意見が相次いだこととまったく似ている。

自分たちの意見と異なる相手に対して、証拠を示したり論議を重ねたりして説得するのではなく、意見の対立点とはまったく異なる経済力で相手をねじ伏せようとしている。メディアへの制裁について与党幹部は過ちを認め会の関係者を処分したが、ユネスコについては与党や政府の幹部が先頭を切って「経済制裁」を発言している。ユネスコの件は「南京大虐殺」の真偽はともかく、意見の異なる相手に対しては論理よりも力に頼って解決しようとする現政権の本質が表れたのではないだろうか。

そうした視点からみれば、普天間基地の辺野古移設も同じ論理を感じる。辺野古移設も論理で説得するのでなく、「唯一の解決策」の一点張りを繰り返し力で押し通そうとしている。そして、何より怖いのは、力を誇示する日本こそ「美しい」として、過去の失敗や過ちに目をつぶり、「日本すごいぞ」のナショナリズムが社会に蔓延することである。






オスプレイの訓練強化と紛争のゲーム化 

 

沖縄では1010日、土曜日に雨が降ったのを境に、急に涼しくなり秋めいてきた。それまで真昼の日差し痛いほどで、朝晩も暑さが緩まなかった。これからは過ごしやすい季節になるが、米軍基地をめぐる状況はますます厳しくなりそうだ。

全国ニュースではほとんど伝えられなくなったオスプレイだが、10月7日発表の沖縄防衛局の調査によれば、オスプレイの離着陸回数は2014年度が2735回と、前年度に比べ1.6倍に増加。日米の騒音規制措置(騒音防止協定)で運用が制限される深夜・早朝(午後10時~午前6時)の離着陸回数は2014年度が137回と、前年度の2.3倍を記録した。オスプレイの県外訓練を増やし、沖縄の基地負担を減らすと政府は明言してきたが、逆に負担が強化されている実態が浮き彫りになった。

また、名護市辺野古の新基地建設をめぐっては翁長知事が13日にも、埋め立て工事の承認を取り消す見通し。安倍政権は何が何でも、辺野古沿岸を埋め立て新基地建設を実現する構えであり、工事現場での反対派との衝突や、中央政府と沖縄県の法廷闘争などさまざまな混乱が予想される。

このように、沖縄にとって憂鬱な季節が到来する根本的な原因の一つが、中国などに対する軍事脅威論だろう。中国が軍備を拡大し脅威が増しているから、対抗して沖縄の米軍基地を強化するのは当然という論理である。安保法制をめぐる議論でも、よくみられたが、対立の構図を非常に単純化し近所の喧嘩のごとくに例えている。悪い奴が武器を持って脅しをかけてきたら、こちらも武器を準備し仲間と連帯しながら、悪い奴が横暴な振る舞いをできないように抑え込む。当然ではないか、と軍事脅威論を振り回す人々は訴える。

しかし、近所の喧嘩と国家間の軍事的対立は異なる点がいくつもある。近所の喧嘩では、武器を調達し対決に備えるとしても、大した手間も費用もかからないが、国家間の衝突ならば、武器や軍隊の費用も手間も膨大なものになる。しかも一方が強化すれば、もう一方も対抗して強化し、冷戦時代の米ソのように果てしない軍拡競争に陥る可能性がある。

近所の喧嘩では衝突が起きてもけが人が出るくらいだが、国家間の衝突となれば、死者が出ることは十分考えらえる。1人でも犠牲者が出た場合、国家のメンツもあり、どう衝突を終わらせるかが難しくなる。2国間の政治的な関係はもちろん、経済関係への悪影響は長引く上、関係悪化は当事国だけでなく、それぞれの関係国や同盟国も巻き込み、経済的な損失は計り知れない。

こうしたコストや負担、損失を考えずに、軍事脅威論を振りかざしているような気がしてならない。「武力には武力で」とゲーム感覚で軍事力増強を煽る方向に時代の雰囲気が傾かないか心配である。






罰せられない?米軍犯罪

 9月、翁長雄志県知事がスイス・ジュネーブの国連人権理事会で米軍基地について声明を発表したのを機に、記事「米兵犯罪と人権問題」で米軍関係者による犯罪の多さに触れたが、問題は犯罪の件数だけではない。罪の重さに釣り合う処罰が行われているかどうか、あやしいのである。無罪放免か非常に軽い処罰ですまされ、犯罪を助長しているのではないかという疑念が起きている。

日米地位協定では、米軍属や米兵が公務中に犯罪を起こした場合、米軍側にまず裁判権があるが、被告になるはずの米軍属や米兵を裁判にかけた例は少ない。当社の『データで読む沖縄の基地負担』は次のように解説している。

「法務省刑事局が米軍当局に照会した結果(★1)、2006(平成18)年9月1日から2010(平成22)年にかけて発生した、日本人に対する米軍属の公務中犯罪62件のうち、27件は「処分なし」。35件は「懲戒処分」が行われたが、処分の内容は明らかにされず、軍法会議にかけられた例はゼロだった(※1)。ちなみに、2011(平成23)年1月、沖縄市で19歳の男性を交通事故で死亡させた容疑者の米軍属は「公務中」を理由に日本側で不起訴になり、米側は5年間の運転禁止処分(※2)を科しただけであった。

 さらに「処分なし」には、裁判権の放棄という日本の主権にかかわる重大な問題を含む可能性がある。「処分なし」について、米側が裁判権を行使した結果として処分がなかった場合と、米側が裁判権を行使せず処分もしていない場合の2通りが考えられる。もし、米側が裁判権を行使していなければ、裁判権は日本側に移るにもかかわらず、日本政府は放置したまま、裁判権を行使していない恐れがある。

軍人についても(★2)、2008(平成20)年から2011(平成23)年9月にかけて発生した、日本人に対する公務中犯罪(被害者が死亡または4週間以上の重傷を負った場合)28件のうち、処分内容を確認中の1件をのぞき、27件すべてが「懲戒処分(※3)」のみであり、軍法会議にかけられた例はゼロだった。すべて交通事故であり、懲戒処分の内容は明らかにされていないが、死亡・重傷事故にもかかわらず刑事処分を科さない判断には疑問が残る。

さらに、情報公開請求で入手した米軍資料によれば(★3)、2005(平成17)年から2013(平成25)年前半にかけて、在日米軍が性犯罪で下した処分のうち、処分の詳細が明らかになった米兵244人のうち、3分の2近くは収監されず、除隊や降格、罰金などの処分にとどまり、中には懲戒の書簡を渡すだけだった事例も30件以上あった。同じ時期、在日米軍のうち海軍と海兵隊では性犯罪が473件あったが、このうち軍事法廷で審理されたのは116件にとどまった。  

2011(平成23)年1124日、公務中の米軍属が犯罪についても、日本で裁判が可能となるように日米地位協定の運用を改善することで日米両政府は合意したが、あくまでも米側の「好意的配慮」であり、同意が必要とされている。 

1 軍法会議にかけられた例はゼロだった

1960年、米連邦最高裁判所が「平時に軍属を軍法会議に付することは憲法違反」とする判決を下したため、軍属に対する刑事処分があいまいになっているという見方がある。

2 5年間の運転禁止処分

この件はその後、201111月に日米政府が合意した「運用改善」が初めて適用されて日本の裁判にかけられ、2012年2月22日に那覇地裁で禁固1年6月の実刑判決が言い渡された。

3 懲戒処分

公務員の場合、公務員として果たすべき義務や規律に違反した者に対する行政処分。戒告、けん責、減給、出勤停止、懲戒解雇などがある

1:沖縄タイムス、琉球新報20111113日付、法務省が井上哲士参議院議員(共産)に提示した内容

2:沖縄タイムス、琉球新報2012年1月11日付、法務省が赤嶺政賢衆議院議員(共産)に提示した内容

3:ワシントン発・共同通信の報道(2014年2月12日付)」







米兵犯罪と人権問題

記事「米軍基地と人権問題」(9月24日アップ)の中で、翁長雄志・沖縄県知事が9月21、スイス・ジュネーブの国連人権理事会で米軍基地をめぐる県の状況について声明を発表したことに関連して、沖縄に基地が集中する理由について説明したが、今回は、米軍基地が沖縄に集中することによって、いかに米兵犯罪が多発し沖縄住民の人権が脅かされているか考えてみたい。当社の『データで読む沖縄の基地負担』では、年表として2001年~2010年の間だけでも、次のような米兵犯罪が起きていることを紹介している。

2001(平成13)年

2月13日 1月15日に北谷町で連続放火をしたとして海兵隊員の逮捕状をとる。2月16日に起訴

1月9日 海兵隊員が女子高生にわいせつ行為。1月26日、那覇簡裁は罰金5万円の略式命令をこの海兵隊員に下す

 6月29日 北谷町で嘉手納基地の空軍軍曹が女性を暴行。7月6日、この米兵を逮捕

2002(平成14)年

 12月3日 11月2日に起きた婦女暴行未遂で米軍少佐の逮捕状を取る。同月19日、那覇地検が起訴、米軍少佐を収監

2003(平成15)年

 6月18日 5月25日、沖縄本島北部で女性を強姦し殴った疑いで海兵隊上等兵を逮捕

2004(平成16)年

 1015日 8月22日、沖縄本島中部で女性宅に侵入し強姦した疑いで嘉手納基地の軍属を逮捕

2005(平成17)年

 7月3日 嘉手納基地の空軍二等軍曹を女子小学生に対する強制わいせつの疑いで逮捕

2007(平成18)年

 10月9日 女性を殴って強姦した疑いで嘉手納基地の軍人の息子を逮捕

2008(平成20)年

 2月11日 沖縄本島中部の女子中学生を暴行したとして海兵隊の二等軍曹が逮捕される。29日に被害者が告訴を取り下げたため、不起訴処分となり釈放

 2月中旬 沖縄市でフィリピン人女性を強姦した容疑で陸軍伍長を米軍捜査当局が拘束

 4月13日 北谷町の衣料品店で万引きをした海兵隊員の息子2人(未成年)を米憲兵が基地内に連れ帰る。沖縄署員による身柄引き渡し要請に応じず。県警側からは「警察権への侵害」の声も

 4月15日 同年3月に起きたタクシー強盗致傷事件で、嘉手納基地所属の憲兵隊兵長を書類送検。県警は4月2日、この兵長を基地内の拘禁施設に収容するように要請したにもかかわらず、米軍は1週間以上応じなかったため、兵長は共犯とされる少年と口裏あわせができる状態にあったという

 5月16日 同年2月に起きた女子中学生暴行事件で、不起訴となった海兵隊の二等軍曹に対して高等軍法会議は懲役4年の判決を下す。ただし、司法取引で1年猶予となり、3年の懲役が確定

2009(平成21)年

 4月4日 那覇市の国道58号交差点で、Yナンバー(米兵または軍属を表す)の乗用車が、横断歩道を歩いていた男性2人と女性1人をはねて逃走、3人は骨折あんどの重傷を負う。同年5月13日、海兵隊二等軍曹を容疑者として書類送検

2010(平成22)年

 4月26日 4月4日に北谷町で起きたタクシー強盗事件で、米軍関係者の息子3人を逮捕

 8月4日 海兵隊の三等軍曹を強制わいせつと住居侵入の現行犯で逮捕」






 

米軍基地と人権問題 



(富士山周辺の施設から撤退し沖縄へ向かう米海兵隊の動向を伝える毎日新聞夕刊1957年8月9日付)

 

翁長雄志・沖縄県知事が9月21日、スイス・ジュネーブの国連人権理事会で、米軍普天間基地の辺野古移設をはじめ米軍基地をめぐる県の状況について声明を発表したが、日本政府代表部が「基地問題を人権理事会で取り上げるのはなじまない」と反論したという。県と政府のこのやりとりを並べただけのニュース報道では、ぴんとこない視聴者が多かったのではないだろうか。そういう意味では、23日夜の報道ステーションの解説は分かりやすかったと思う。沖縄に駐留する米軍の主力を担う海兵隊の歴史を振り返ったのである。これに限らす、沖縄の基地問題を理解するには戦後史を知る必要があろう。

もともと、沖縄の海兵隊は1950年代前半まで、岐阜県など本土各地に駐留していたが、地域住民の米軍に対する反発が強くなるに従って、これを和らげるために日米両政府が交渉し本土の米軍を削減、移転先として沖縄を選んだ。在日米軍を一般住民の目から遠ざける「不可視化」と呼ばれる。沖縄については距離が離れていて本土の関心が薄かった上、当時米軍の占領下にあり司令部の判断一つで海兵隊の受け入れを決められた。これ以降、本土の米軍施設は減る一方、沖縄の米軍施設は拡大する。歴史的に振り返れば、迷惑施設は辺境の地、沖縄へということになり、特定の地域に過大な負担を押し付ける「人権問題」が浮かび上がってくる。

この問題については、以前にも当社の書籍を引用しながら扱ったことがあるが、再度引用してみたい。当社の『データで読む沖縄の基地負担』では次のように解説している。 

反基地・反原水爆運動の広がりは、日米安保体制そのものを揺るがしかねないという危惧が日米両政府に湧き上がり、日本本土の米軍基地は縮小に向かっていった。1957(昭和32)年、岸信介首相が米国を訪問した際、陸軍と海兵隊を合わせた地上部隊を1958(昭和33)年中に日本から撤退させることを日米共同声明で発表した。(中略)

 1950年代後半、海兵隊が移駐を開始すると、沖縄において海兵隊が管理する施設は拡大していき、1975(昭和50)年、沖縄全体の統括権も陸軍から海兵隊に移管された。現在、沖縄の最大部隊は海兵隊である。

 海兵隊は、いち早く紛争地に乗り込んで、本格的な戦闘部隊が上陸できるように足場や基礎をつくることが主な任務とされ、「殴り込み部隊」とも呼ばれる。このほか、ゲリラ戦、災害支援、自国民の保護・救出、空港など重要拠点の制圧、治安維持などの特務任務にも当たる。

 沖縄に駐留する中心兵力の第3海兵師団は、太平洋戦争開始後の1942(昭和17)年9月、カリフォルニア州サンディエゴで創設され、ガダルカナル島やグアム島など太平洋上の激戦地を転戦し硫黄島の戦いにも参加した。日本の敗戦後はいったん解散したが、朝鮮戦争の勃発を受けて1952(昭和27)年1月、再結成。ヘリコプターを使った上陸作戦、空中からの攻撃、核兵器やミサイルからの防御など、朝鮮戦争で学んだ教訓を織り込んだ訓練を受けた。

朝鮮戦争の休戦協定が締結された直後の1953(昭和28)年8月、第1海兵師団を支援する目的で日本に到着。キャンプ・フジやキャンプ・ギフなど日本各地に配備されたが、1956(昭和31)年に司令部が沖縄へ移転した(第3海兵師団の多くは1950年代後半、沖縄に移ったが、一部は岩国やハワイに配備された)。

なぜ海兵隊が本土から沖縄へ移ったのか。明確な理由を示した米軍関係文書は見つかっていないが、沖縄の方が配備しやすかったというのが専門家の見方のようだ。当時、駐留アメリカ軍に対する反発はかつてないほど高まっていた。朝鮮戦争によって、後方支援基地として日本の価値を再確認したがゆえに、地上軍を配備し住民の反発や関係悪化を招くことは避けたいと考え、当時は米軍が統治し司令官の判断ひとつで決定・実施できる沖縄を配備先として選んだとみられる。簡単にいえば、つくりやすいところにつくったということである






忘れてはならない米軍事故史

米陸軍のHー60型ヘリが8月12日、うるま市伊計島約14キロの沖合で墜落、陸上自衛隊員2人を含む7人が重軽傷を負ったという。事故は、名護市辺野古の新基地建設をめぐり菅官房長官と翁長県知事が初協議を開く直前に起きたため、本土メディアの注目を集めたが、米軍に関連した事故は頻発している。弊社の『データで読む沖縄の基地負担』は1991年から2009年までに発生した主な米軍関連事故を次のように紹介している。また、2010年代に起きた米軍関連事故は、以前の記事「繰り返される墜落事故」で触れている。

1990(平成2)年 1月10日 名護市辺野古で米軍トレーラーが民家の塀に激突

 1991(平成3)年 3月7日 在沖米陸軍特殊部隊(グリーンベレー)がパラシュート訓練で読谷村の民家から50メートルの地点に降下ミス

 1992(平成4)年 1020日 CH46ヘリコプターが普天間基地内で墜落

 1993(平成5)年 9月1日 嘉手納基地で米軍ヘリが墜落、1人が死亡、4人が重軽傷

 1994(平成6)年 4月4日 嘉手納基地所属のF15C戦闘機が嘉手納弾薬庫地区に墜落

              4月6日 普天間飛行場で米軍ヘリが墜落

              1116日 名護市辺野古のキャンプ・シュワブ内でヘリコプターが墜落、1人が死亡、4人が重軽傷

 1995(平成7)年 4月19日 米海兵隊ヘリが久高島に不時着

              1018日 嘉手納基地所属のF15戦闘機が喜屋武岬沖90キロの公海に墜落

 1996(平成8)年 4月8日 名護市辺野古沖合で操業中の漁船近くに機関銃弾とみられる実弾やミサイルが米軍ヘリから打ち込まれる

 1998(平成10)年 12月 キャンプ・ハンセンの演習場で山火事が多発。97年1年間に15件の山火事、焼失面積は2508300

 1999(平成11)年 6月4日 嘉手納基地で海兵隊所属の垂直離着陸攻撃機ハリアー機が離陸に失敗、墜落・炎上

              8月11日 米海兵隊普天間基地のヘリコプターがエンジンオイル漏れを起こし、東村の村営屋外運動場に不時着

              1219日 金武町の米軍キャンプ・ハンセンで実弾演習時に火災が発生。2日間にわたって火は燃え続け56万㎡を焼く

  2002(平成14)年 4月18日 米海兵隊普天間飛行場で、離陸直後のCH-53E大型ヘリコプターから、燃料の入った燃料補助タンク2個が滑走路に落下

              7月23日 名護市のパイン畑に米軍の銃弾が打ち込まれる

              8月21日 嘉手納基地所属のF15戦闘機が沖縄本島南100キロの海上に墜落、乗員は軽傷

 2004(平成16)年 8月13日 沖縄国際大学本館に米海兵隊の大型ヘリが接触、同大学の敷地内に墜落・炎上

  2006(平成18)年 1月17日 嘉手納基地所属のF15戦闘機が伊計島沖のホテル・ホテル訓練区域に墜落

 2008(平成20)年 3月26日 キャンプ・ハンセンで不発弾の処理により火災が発生、10時間半にわたって山林が燃え続ける。沖縄自動車道(高速道路)まで500メ               ートルのところに火が迫ることも

              4月10日 海兵隊の垂直離着陸攻撃機AV8ハリアーが、久米島近海にある鳥島射爆場で訓練中、提供水域外に500ポンド(約227キロ)の爆弾               を投下。鳥島(久米島町)周辺は県内有数の漁場とされ、操業する漁船は多い

          1213日 金武町伊芸区で住民が車に銃弾のような金属片が突き刺さっているのを発見。米軍射撃演習場の最も近い施設から300400メートル               の距離

 2009(平成21)年 3月24日 キャンプ・シュワブで不発弾処理の準備中に爆発が起き、海兵隊員の1人が死亡、1人が重傷、海軍兵1人も負傷。付近の民間区域で              は「ガラス窓が揺れた」など大きな爆発音や振動の衝撃を感じる

             4月30日 キャンプ・ハンセンの爆発処理場で山火事が起き、24時間にわたって燃え続ける。煙は付近の民家にまで達する







嘉数高台から辺野古工事の中断を考える


政府は8月4日、米軍普天間基地の辺野古移設工事を1カ月間中断し、移設工事に反対する沖縄県と集中的に協議すると発表した。工事を中断し県と協議することそのものは望ましいことだが、気になるのが政府の意図である。

安保法制をめぐり安倍政権の支持率を下がるとともに、新国立競技場の建設をはじめ2020年の東京五輪についても政府対応が厳しい批判にさらされる中、少しでも野党や世論からの攻撃材料を少なくするために、辺野古の工事を中断するという見方が頭に沸いてくる。これまでの政府の態度からすれば、県と協議をしても辺野古移設の方針を変えるとは考えられない。単に支持率の低下に歯止めがかかるまでの時間稼ぎにしかみえない。

 

 この日、宜野湾市の嘉数高台公園に久しぶりに立ち寄ると、説明板の前で、屈強な外国人からなる20人ほどのグループをみかけた。英語で話していて米軍人だろうと思った。そうならば、ここに来る目的は、自分たちが自由に出入りできる普天間基地を外から見るためではなく、戦跡としての嘉数高台公園を見るためだろう。新たに沖縄に着任した米兵には沖縄戦の跡をめぐる研修会があると聞く。

 高台公園は普天間基地を見渡せる場所として知られるようになったが、沖縄戦では本島中部一帯を見渡せる軍事的な要衝であり、1945年4月上旬から20日にわたって日米が激しい戦闘を繰り広げた場所でもある。嘉数集落は人口700人のうち半数近くが犠牲となった。トーチカや陣地壕など戦跡が今も残り、慰霊塔も建てられている。

 今年6月、某有名作家が普天間基地の成り立ちについて「もともと田んぼの中にあり、周りは何もなかった。基地の周りに行けば商売になると、みんな何十年もかかって基地の周りに住みだした」と述べてカネ目当て移住論を展開、県内から強い批判を浴びた。高台から普天間基地一帯を見渡せば、カネ目当て移住論に疑問がわいてくる。いくら戦前のこととはいえ、人口の密集する本島中南部において、飛行場がつくれるような平坦で広大な土地が田んぼだけということがありえるのか。実際、市史によると、1925年には現在の基地の区域に10の字があり、9000人余りが住んでいた。宜野湾村役場や国民学校もあり、中央を宜野湾並松と呼ばれ街道が走っていた。

 嘉数高台は沖縄の歴史と現在を見渡せる場。ぽつりぽつりと県外の人たちが訪れる姿を見かけるものの、観光客全体からみれば、ごく少数だろう。沖縄観光をする人にはぜひ立ち寄り、沖縄戦で何が起こり、戦後沖縄がどのような歩みをたどってきたか感じていただきたいと思う。








米軍機の部品や備品の落下事故が頻発 

東京都調布市における小型機の墜落事故がメディアの注目を集めているが、沖縄では米軍機をめぐるトラブルは日常茶飯事のように起きている。特に、米軍機から部品や備品が落下する事故は頻発しており、弊社の『データで読む沖縄の基地負担』は次のように説明している。

「人体に被害を与えてはいないものの、航空機から部品や備品が落下する事故が後を絶たない。2011(平成23)年1028日には、F15戦闘機の右主翼と高揚力装置(フラップ)をつなぐパネル部品を紛失したことが訓練後の点検で判明。この部品は長さ35がセンチ、重さが200グラムほどあり、フラップは離着陸など低速で飛ぶ時、揚力を得るために操作する。

高速で飛行する航空機からの落下物は小さなものでも、人や建物に当たれば大きな被害を与えかねない上、航空機部品の脱落は飛行に支障を来たす可能性もあり、周辺自治体では原因究明や再発防止を強く求めているが、米軍側は積極的にこれに答えようとする姿勢はみられない」

 以下、2014年に起きた部品や備品の落下事故である。起きた日付、場所、起こした米軍機の種別、事故の状況の順で記している。

 

●3月4日 嘉手納基地の北西150キロの会場 F15戦闘機

重さ百数十キロ、強化アクリル製の風防ガラス(操縦席カバー)が脱落

417日 伊江島補助飛行場 米軍機

 パラシュートを使った物資投下訓練で、水入りドラム缶(約200キロ)4本を、飛行場のフェンスから1キロ離れた工事現場に投下。2013年5月以降、兵士が誤ったフェンスに着地するなど、3回のパラシュート事故が発生。これが4回目のパラシュート事故

●4月24日 うるま市具志川の上空 HH60救難ヘリ

 重さ36グラム、直径10センチの円形プラスチック製通風孔(透明)。通報は6日後

 

●5月15日 沖縄本島南東の海上 F15戦闘機

 4.5センチ×4センチ、重さ17グラムの金属製エンジン部品を紛失 

●5月21日 沖縄本島西側の海上 HH60救難ヘリ

 電波高度計測アンテナのグラスファイバー製カバー(直径15センチ、重さ10グラム余り) 

●6月3日 沖縄本島中部から北部にかけての上空 MH60多用途・補給支援ヘリ

懐中電灯1個を落とす 

●6月17日 沖縄本島周辺の海上 オスプレイ

 機体の外に取り付けられた長さ15.2センチの棒状金属部品を紛失

●8月21日 不明 AH1攻撃ヘリ

 給油キャップを紛失

●9月18日 普天間基地とキャンプ・ハンセンの間 AH1攻撃ヘリ

 ウイングボルトなど金属部品2個を紛失

10月2日 嘉手納基地北東の海上 F15戦闘機

 55センチ×32センチ、重さ2.5キロの長方形のチタン合金製パネル 

1014日 沖縄周辺の海上 F15戦闘機

 重さ400グラム、エンジン付近のパネル状部品 

1219日 嘉手納基地から離陸直前 F15戦闘機

 機体前方のパネルがはずれる。30分後に緊急着陸








繰り返される墜落事故

7月26日に東京都調布市の民家に小型プロペラ機が墜落した事故で、住宅密集地の上空を飛ぶ航空機の危険性が話題になっているが、沖縄では県民への直接的な被害がなく本土メディアがあまり伝えないものの、米軍機の墜落事故が繰り返され県民に不安を与えている。特に軍用機の場合、民間機に比べ安全第一で運用されているか疑問を投げかける声は強い。弊社の『データで読む沖縄の基地負担』は次のように説明している。

 「2013(平成25)年5月28日、国頭村の沖合約60キロで訓練中の嘉手納基地所属のF15C戦闘機が墜落。操縦士はパラシュートで脱出したものの、機体は海中で大破した。これ以前にも、嘉手納基地所属のF15は、1994(平成6)年に嘉手納弾薬庫内の黙認耕作地で、1995(平成7)年に喜屋武岬沖90キロの海上で、2002(平成14)年に沖縄本島南100キロの海上で、2006(平成18)年に伊計島沖で、それぞれ墜落事故を起こしている。

墜落場所によっては多数の犠牲者を生みかねないだけに、原因究明や再発防止策が厳しく求められる。さらに、F15は製造から30年ほどが経過し老朽化が指摘される。ところが、2013(平成25)年5月の事故ではわずか2日後の30日に、基地側は「点検が終了した」として原因を明らかにしないまま訓練が再開された。F15は、訓練を再開した530日から7月1日までに17回の緊急着陸を繰り返し、周辺住民に不安を与えている。

 同年8月5日には、米軍キャンプ・ハンセン内の宜野座村松田の山中で、嘉手納基地所属のHH60救難用ヘリコプターが訓練中に墜落し炎上。乗員4人のうち1人が死亡した。墜落場所は住宅地から2キロしか離れていない上、同村の水源になっている大川ダムの北端にあたり、村では同日のうちに取水を停止した」

 






枯れ葉剤を沖縄で投棄や散布と証言 

前日の記事(この下の記事)において、沖縄市のサッカー場で枯れ葉剤が疑われるドラム缶が多数見つかったことに触れたが、ベトナム戦当時、沖縄で枯れ葉剤の投棄や散布にかかわったとする米軍関係者の証言も次々と明らかになっている。弊社の『データで読む沖縄の基地負担』は次のように紹介している。

2011(平成23)年8月13日付のジャパンタイムズには、1969(昭和44)年北谷町に枯れ葉剤の入ったドラム缶十数本が埋められたとする退役軍人の証言が掲載された。それによれば、枯れ葉剤入りドラム缶を積んだ補給船が那覇港を出港後、浅瀬で座礁。ドラム缶は破損したが、回収されたドラム缶は北谷町に持ち込まれ埋められたという。

 また、同年9月6日付の沖縄タイムスによれば、1960(昭和35)年から2年間、国頭村と東村の米軍北部訓練場内や周辺一帯で、猛毒のダイオキシンを含む枯れ葉剤「オレンジ剤」を試験的に散布したことを、枯れ葉剤作戦の立案にかかわった米陸軍の元高官が証言している。ベトナムで本格的に作戦を開始する前に、ベトナムと気候や植生が似ている沖縄で試しデータを収集するのが目的。この試験では、散布から24時間以内に葉が茶色く枯れ、4週間目にはすべて落葉した上、週に1度の散布で新芽が出ないなどの効果が確認されたという。

英国人ジャーナリストのジョン・ミッチェル氏が沖縄に駐留した退役軍人十数人から得た証言によると、1960年代から70年代前半にかけて、米本国から枯れ葉剤が普天間飛行場、ホワイトビーチ、キャンプ・キンザーなど県内の9米軍施設に運ばれ、フェンス際や滑走路周辺で除草剤として使用されていた。危険物として意識はなく、マスクや手袋をつけずに散布した。枯れ葉剤のドラム缶が割れて液体が流れ出し体にかかることもあったという」

米軍は、公的な記録がないとして沖縄における枯れ葉剤の貯蔵、投棄や散布を認めていない。安全保障関連法案を可決して集団的自衛権を行使し、このように環境に重大な影響を及ぼしかねない事実を隠し続ける国と軍事的な連携を深めていく先に、どんな未来が待っているのだろうか。







安全保障関連法案と枯れ葉剤

7月15日、安全保障関連法案が衆議院特別委員会で採択されたが、米国の戦争に加担することの意味はどれだけ議論されたのだろうか。同盟国を巻き込んだ米国の戦争の中で、最も悲劇的な結果をもたらしたのがベトナム戦争である。日本本土が「加担した」意識はほとんどなかっただろうが、米軍統治下にあった沖縄は出撃基地でありベトナム戦争とのかかわりを感じずにはいられない。

すでに終結から40年になるものの、その爪痕は今も沖縄に残る。その1つが、「戦争に加担した」という負い目である。特に米軍基地で働いていた人は、積極的に望んでなかったが、結果的に多くのベトナム人を苦しめる作戦に加担したとして罪の意識に苛まれてきた。また、ベトナム戦争用に枯れ葉剤を入れていたことが疑われるドラム缶が2013年以来、次々と改修中の沖縄市のサッカー場から見つかっている(写真はドラム缶が見つかったサッカー場)。防衛省や大学の専門家が実施したドラム缶の調査結果について、弊社の『データで読む沖縄の基地負担』が次のように紹介している。なお、最後に米軍が実行した枯れ葉剤作戦について解説している。

「ダイオキシン類の分析と処理を専門としてベトナムでの被害調査の経験もある愛媛大学の本田克久教授が市の調査に加わったが、ダイオキシン類全体に占める「2・3・7・8―TCDD」の濃度か高いことから枯れ葉剤とみなすとともに、土壌の環境基準の8.4倍は、枯れ葉剤が投機されたベトナムの米軍基地に匹敵する高い値としている。一方、沖縄防衛局は枯れ葉剤かどうか否定も断定もできないとしながらも、オレンジ剤に特有の成分「2・4―D」がすべての検体から検出されなかったため、枯れ葉剤とは別の除草剤(現在は販売・使用が禁止されているPCP)を推定している。

さらに、沖縄防衛局がサッカー場全体で磁気調査を実施、2014(平成26)年1月下旬から2月上旬にかけて、磁気異常が感知された2地点から61本のドラム缶を新たに掘り出した。沖縄市と沖縄防衛局の調査では(★3)、これらのドラム缶の付着物から、枯れ葉剤「オレンジ剤」の主要成分である「2、4―D」「2、4、5―T」の2つの成分が見つかった。また、市の調査では環境基準の64倍(防衛局の調査では55倍)のダイオキシン類が検出された。

防衛局は2成分を同量混ぜてオレンジ剤がつくられるにもかかわらず、2成分の濃度の差が大きいことなどを理由に、「オレンジ剤があった証拠は見つからない」としている。しかし、「2、4―D」は分解速度が速いため、2成分の濃度差が出ること自体は不思議ではないとする見方もある。市の測定結果を分析した愛媛大学の本田教授は、オレンジ剤だけでなく、パープル、グリーン、ピンク、ブルーといった枯れ葉剤と同じ成分が土壌にあり、枯れ葉剤が存在した可能性があると指摘する。

ダイオキシン研究の第一人者である摂南大学名誉教授の宮田孝明氏も、沖縄市の調査結果を分析したところ、ドラム缶61本のうち18本から、最も毒性の強いダイオキシン「2・3・7・8―TeCDD(四塩化ジベンゾ―パラ―ジオキシン)」が50%以上の高濃度で検出されたことから、「枯れ葉剤の存在は否定できない」としている。枯れ葉剤8種類の中でも最も毒性が強く発がん性も指摘される「ピンク剤」や「グリーン剤」の可能性があるという(★4)。

 

3:沖縄タイムス、琉球新報2014年7月8日付

4:沖縄タイムス、琉球新報20141028日付

 

<枯れ葉剤作戦>

南ベトナム解放戦線や北ベトナム軍が身を隠している密林を破壊し、食料となる農作物に打撃を与えることが目的。1962年から70年まで散布が続けられた。枯れ葉剤は米軍が散布した除草剤の総称。最も被害が大きかったエージェント・オレンジ(オレンジ剤)のほか、配合によってホワイト、パープル、ブルーなどの種類があった。製造時の副産物として含まれるダイオキシン(有機塩素化合物)は強い毒性を持ち、発がん性や生殖器官に悪影響を与える環境ホルモン(内分泌かく乱化学物質)としての作用も指摘される。水に溶けにくく環境で分解されにくく、土壌などに長く残る。飲食や呼吸、皮膚を通して体内に入って蓄積され、母乳を通して母子間でも移るといわれる」










抑止力を本当に信じているのか

7月6日、安全保障関連法案をめぐり、沖縄地方参考人会が那覇市内で開かれたが、この法案の分かりにくい主要な原因の一つが抑止力だろう。米軍の抑止力は法案の根幹であり、米軍が沖縄にとどまるべき理由になっているといわれる。しかし、そもそも米軍は沖縄駐留軍を中国などに対する抑止力と考えきたのだろうか。これまでも専門家の分析などをもとに疑問を投げかけてきた。当社の『データで読む沖縄の基地負担』は、沖縄駐留米軍の歴史的な経緯から「抑止力をめぐる神話」について次のように説明している。

「実際、米国自身が沖縄に海兵隊を駐留させることにどの程度の意味があるか疑問を抱いていた向きがある。豪外務省の外交文書によれば(★2)、沖縄の本土復帰直後にあたる1972(昭和47)年から73(昭和48)年にかけて、米国防総省は、沖縄を含む太平洋地域から海兵隊を撤退させることを真剣に検討していた。泥沼化するベトナム戦争の巨額戦費で財政負担に苦しんでいたことが背景にある。

太平洋地域の海外基地を米本土の基地に統合すれば、費用的にかなり安上がりで効率的になるとみられた。この見方を裏付けるように、在日米軍などを統括する米太平洋司令部の大将が1972(昭和47)年9月、沖縄の海兵隊は8年から10年のうちに撤去される可能性があると発言している。

しかし、日本側が海兵隊を「直接的な脅威に対して即応できる力」として駐留維持を主張した。米側も、日本の海兵隊重視の姿勢に気づくと、これをてこに交渉できると判断、日本側の財政支援を引き出し、駐留維持に向かうことになったという。

そもそも、能力を持っていたとしても、実際に日本周辺で紛争が起きても米国が海兵隊を投入するか疑わしさが残る。現在、一番紛争が起きる可能性が高いといわれる尖閣諸島(※4)についても、2014(平成26)年に来日したオバマ大統領をはじめ、米国政府の要人が日米安保の適用範囲と発言しているものの、日中間の領土問題に関しては中立の立場を表明している。しかも、米中は近年お互いに最大の貿易・投資のパートナー。米国にとって戦略上さして重要とは思えない島のために、最も重要な経済関係を大きく損ない、兵士たちの命を危険にさらすことができるか。多くの疑問符がつくことになろう。

4 尖閣諸島

尖閣諸島をめぐる紛争への海兵隊の投入について、元内閣官房副長官補・安全保障担当の柳澤協二氏は「海兵隊は、敵を強襲して橋頭堡を築き、後続部隊の来援基盤を作るのが役割だ。それは、米国が地上軍の投入を含む大規模な戦争を覚悟しなければできないことだ。中国との本格的な戦争を望まず、また、イラク・アフガニスタン戦争で大きなダメージを被った軍隊の立て直しに腐心する米国にとって、海兵隊を含む地上兵力の投入という選択はありえない」と可能性を否定している(★3)。

2沖縄タイムス201311月8、9日付、沖縄国際大学の野添文彬講師(国際政治史)が公文書を発見・分析

3:新外交イニシアティブ『虚像の抑止力 沖縄・東京・ワシントン発 安全保障政策の新機軸』(旬報社 2014年)








減らない沖縄の航空騒音

最近、那覇市上空にも、早朝から戦闘機の爆音が響きわたる。政府は「沖縄の負担軽減に努めている」と繰り返し、その成果を発表するが、住民にとって実感できるものではない。騒音についていえば、軍用機訓練の県外移転が進んでいるとしているが、同時に外来機の飛来も増えている。嘉手納基地については、弊社の『データで読む沖縄の基地負担』は次のように指摘する。

2013(平成25)年1月1月14日と22日には、F22ステレス戦闘機12機が4カ月間の予定で配備された。2014(平成26)年1月14日には、4カ月間の暫定配備としてラングレー基地所属のF22戦闘機計10機が飛来した(その後2機が加わる)。F22の一時配備は2007(平成19)年以来、8回目となる。

また、米アラスカ州エレメンドルフ基地所属のF22戦闘機が2014(平成26)年11月5日に8機、同月7日には4機、嘉手納基地に飛来した。2週間程度、海外演習に参加するためだが、5日に飛来した時点では米空軍からの通告はなかった」

 また、普天間基地についても以下のように説明する。

2013(平成25)年1月17日、普天間基地にFA18戦闘攻撃機4機が飛来し115デシベルを記録。同月25日には、FA18戦闘攻撃機2機飛来し、上大謝名公民館で120デシベル(ジェット・エンジンの近くに相当)を記録した。同年2月末からFA18戦闘攻撃機の訓練が増加し、同年3月1日には滑走路西側の普天間中学校などで100デシベル超を計7回計測、2日には上大謝名公民館で121デシベルに達した。同年7月9日には、FA18戦闘機とEA6B電子戦機が飛来し、野嵩一区公民館で103デシベル、普天間中学校で101デシベルを観測した。

2014(平成26)年1月は、MV22オスプレイやKC130空中給油機の訓練が3日から始まり、70デシベル以上の騒音が周辺地域では68回発生、91.6デシベルを記録した地点もあった。FA18戦闘攻撃機が同月6、7、10日に飛来し、たびたび100デシベル超を測定、上大謝名公民館では118デシベルに達することもあった。同年5月1日には、FA18戦闘攻撃機6機や超大型輸送機アントノフが相次いで到着し、6回100デシベルを超える騒音を記録し、最高値は120デシベルに達した。FA18は同月21日にも2機が飛来し108デシベルが測定された」












沖縄に海兵隊は必要か

政府が米軍普天間基地の辺野古移設を推進する理由として、沖縄の地理的な位置の重要性を挙げる。これに疑問を投げかける専門家は少なくない。弊社が発行する『データで読む沖縄の基地負担』は次のように説明している。

「アジアの中心にあり、台湾や尖閣諸島など紛争が予想される地域に近いことが、沖縄の軍事的な重要性につながっているといわれてきた。しかし、輸送能力の向上によってグアム、ハワイや米国本土からでも短時間のうちに大量の兵力を送り出すことが可能になり、沖縄の地理的な重要性は低下。一方、中国などにおいて、高速で目標まで到達するミサイル技術が発達し多数のミサイルが配備されるに従って、沖縄のように近い場所ではかえって対処が難しくなり、そうした場所に基地施設が集中することは、攻撃に対する脆さ(もろさ)(脆弱性)(※1)を生んでいると指摘する」

1 攻撃に対する脆さ

琉球新報2014年9月1日付によれば、ジョセフ・ナイ元国防次官補は米ニュースサイト「ハフィントン・ポスト」に対し、「中国のミサイル技術が発展し、沖縄の米軍基地は脆弱(ぜいじゃく)になった」とする論文を寄稿した。また、ジョージ・ワシントン大学のマイク・モチヅキ教授も「米国の軍事アセットを今日そうであるように沖縄にこれほど集中させることは、脆弱性が増してしまい、皮肉にも抑止力自体を弱体化させかねない」「軍事アセットをより影響を受けにくい地域に再配分をして、想定される中国からの攻撃に対抗するための作戦の拠点(たとえばグアム、日本の北東部など)を進化させていくことは、戦略的に有意義である」と主張する(3 

3:新外交イニシアティブ『虚像の抑止力 沖縄・東京・ワシントン発 安全保障政策の新機軸』(旬報社 2014年)

 





なぜ抑止力の中身を問わないか

普天間基地の辺野古移設が唯一の解決策と政府側が説明するとき、主な理由の1つに挙げているのが、沖縄駐留米軍の主力をなす海兵隊の抑止力。中国などの脅威に対抗するには自衛隊だけでは十分でなく、米軍海兵隊の力が必要という論理である。何となく正しい気になるかもしれないが、その海兵隊がどのようなものか、説明は聞いたことがない。袋の中身の価値を議論するのに、重要だ、大切だとふれまわりながら、中身について言及しないようなものである。

 弊社の『データで読む沖縄の基地負担』では、海兵隊の抑止力について次のような疑問を投げかけている。

「沖縄海兵隊の定員を米側は約1万8000人としているが、県によると、実際の駐留を1万2000人程度、しかも多くは司令部や補給部隊の要員であり、常駐せず米本土からローテンションで配備される。紛争時の主力となる歩兵大隊4個のうち3個(約2000人)は2003(平成15)年から沖縄におらず、空洞化(※2)が進んでいるとする声がある。

緊急展開が可能なのは、佐世保基地にいる揚陸艦4隻に乗り込む第31海兵遠征部隊(約2200人)ぐらい。基幹となる歩兵連隊は兵力800人、偵察用軽装甲車両数台、水陸両用の兵員輸送車両10台余りだけで、戦車はゼロという規模と装備であり、紛争や災害時に在留米国人や軍人の家族を避難させるのが第一の任務(※3)という見方もある。加えて、第31海兵遠征部隊はタイやフィリピン、オーストラリアなど海外における訓練や派遣のため頻繁に海外へ遠征しており、長期にわたって基地にいないことが多い(★1)。

2 空洞化、※3 第一の任務

在日海兵隊の空洞化や第一の任務について、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授の植木千可子氏が「海兵隊は、もうずっと長いこと、3分の1は常に日本にいなかった。それに、海兵隊の人たちと話をすると、地域内の大使館などを守りに行くとは言うけれども、日本有事ということはあまり想定していないような答えが返ってくることが多かったのです」と語っている(★4

1:沖縄タイムス2010年3月21日付、同年5月16日付

4:柳澤協二、道下徳成、小川伸一、植木千可子、山口昇、加藤朗、広瀬佳一『抑止力を問う 元政府高官と防衛スペシャリスト達の対話』(かもがわ出版 2010年)」






慰霊の日を前に安保法制を考える

明日、6月23日は慰霊の日である。沖縄では、沖縄戦を回顧する記事や番組が連日、メディアに登場しているが、国会で論戦が続く安保法制関連報道を聞くと、沖縄戦をはじめとした先の大戦の教訓がどれほど生かされているのかとつくづく疑問に思う。

 まず気になるのが、「後方支援」である。テレビ・ニュースで聞くかぎり、安倍首相ら政府幹部は、新しい安保法制で自衛隊の役割に加えられる「後方支援」が戦闘の「後方」で行われるから安全であるかのように説明している。しかし、これは専門家でなくても分かる言葉のまやかしである。

「後方」という言葉から、戦闘地域から離れているようなイメージを生むが、先の大戦では戦争に必要な物資を輸送する「兵站」と呼ばれ、米軍から徹底的に攻撃の対象となった。旧日本軍は輸送船など物資の補給路を遮断されたため食料や兵器の不足に苦しみ、戦況に致命的な影響を与えた。実際、戦闘地域によっては、戦闘行為よる死者よりも餓死による死者の多かった。これは広く知られた事実であり、警備の薄い兵站を狙い敵の戦闘力を奪うのは軍事の常套手段だろう。

 沖縄戦でも、日本軍守備軍は食料や武器の供給を断たれたため、多くの悲劇が起きている。弊社の『沖縄戦の「狂気」をたどる』は次のような証言を紹介している。

「ほんのわずかに隠し持っていた米などを(日本兵に)全部かっぱらわれた。私(沖縄住民の女性)は戦時中に主人が病死したので、一人で子供たちを育てなければならなかったが、(日本軍の)敗残兵たちはそんな私の家にも夜毎やって来て、『何かないか。家にあるものは全部出せ』と脅迫した。その時の敗残兵たちの言動は、アメリカー(沖縄方言でアメリカ人、アメリカ兵のこと)よりもずっと恐かった」(『沖縄県史10 沖縄戦記録2』P496

「球12397部隊は、ウチナーンチュ(沖縄出身者)の初年兵が最初33名、防衛隊が25名ぐらいいて、そのほかは本土の兵隊だった。隊長は本土出身で、ウチナーンチュの初年兵や防衛隊に銃は渡されてなくて、本土の兵隊だけが持っていた。180名の部隊の中で10丁しかなかった。残りは米軍に接近した場合には、手榴弾を投げて攻撃する。初年兵には攻撃用と自決用の2つしか渡されていなかった。防衛隊には何もなく、鉄兜★てつかぶと★もなかった。(中略)兵隊には真鍮★しんちゅう★で作られた認識票があって、その番号で誰が死んだということがわかるが、沖縄の初年兵にはそれもなかった」(『具志川市史 第5巻 戦争編戦時体験Ⅰ』P538

 








ヘリ搭載護衛艦や海掃母艦も

  
(すがしま型海掃艇)                  (護衛艦ひゅうが)                    (掃海母艦ふんご)

前日の記事(このすぐ下の記事)で、沖縄の米軍施設「ホワイト・ビーチ」に海上自衛隊の艦艇をよく見かけると書いたが、2012年から年に数回の割合でホワイト・ビーチをのぞいた際に撮影した写真を確認すると、一番写っている確率が高いのが海掃艇だった。今年5月25日に撮った写真の中にも、海掃艇「くろしま」「おおしま」があった。27日の衆院平和安全法制特別委員会において、自衛隊の他国領域での武力行使事例として、中東・ホルムズ海峡での停戦前の機雷掃海が挙げられるなど、海掃艇の役割は大きくなっているのかもしれない。

艦艇の顔ぶれで興味深かったのは201211月7日の写真だった。ヘリを搭載し「ヘリ空母」とも呼ばれる護衛艦「ひゅうが」に加え、ひらしま型海掃艇3隻と海掃母艦「ふんご」、大型の輸送船「くにさき」などの姿があった。2012年9月11日には、たかなみ型護衛艦2隻が停泊中だった。










ホワイトビーチの自衛隊艦艇


  


5月26日、うるま市のホワイトビーチをのぞいた。海上自衛隊の護衛艦「すずつき」と補給艦「とわだ」が桟橋に停泊していた。少し離れた沖合には、補給艦「おうみ」の姿があった。ここにはたまにしか来ないが、米軍基地にもかかわらず近年目にするのはもっぱら海上自衛隊の艦艇ばかりである。たまたま偶然なのか、もともと海上自衛隊がよく使うことになっているのか、それとも自衛隊と米軍の一体化が進んでいるせいか。今のところ断定できる材料がない。


最近知ったのだが、海上自衛隊の艦艇は船体の横に書かれている艦番号で船名も分かる。たとえば、117の番号で検索すれば、「すずづき」の名前が判明し、海上自衛隊のホームページから次のような情報が手に入る。


 艦艇名「すずつき」の由来
 護衛艦は天象、気象、山岳、河川、地方の名を付与することが標準とされています。
 本艦は、21年度計画の「あきづき」型護衛艦の3番艦であり、引き続き「天象、気象(月)の名」から選出することとされ、海上自衛隊の部隊等から募集しました。
 「すずつき」は、旧海軍の防空駆逐艦3番艦、昭和20年4月に天一号作戦、いわゆる戦艦大和の沖縄特攻作戦に参加し、大損傷を受けながらも帰投し終戦を迎えており、爽やかに澄み切った秋の月を意味する語感は、「あきづき」型3番艦として適当であることから選定され、防衛大臣が決定しました。


 特 徴
 「あきづき」型の重要な役割の1つに、弾道ミサイルの警戒・対処に従事するイージス艦を当該任務に専念させるために、同艦を航空機等の脅威から防護することが挙げられます。このため、防空能力を強化する必要があり、「すずつき」においては、広域捜索・追尾、目標処理、同時処理能力の向上を図ることとしています。












オスプレイのデータは信頼できるか


前の記事(この下の記事)で述べたように、米国政府や日本政府は、オスプレイの事故翌日には早々と機体そのものの安全性を強調し、配備や運用に変更がないことを公表した。だが、両国政府がオスプレイを安全とみなす根拠として事故率の低さを挙げるものの、データの見せ方や分類に問題があるとする指摘もある。防衛・外務省が発表した「MV22オスプレイの沖縄配備について」などの資料では、10万飛行時間当たりのクラスA(※)事故の発生率が海兵隊平均の2.45に比べMV22オスプレイは1.93と低いとして、より安全のように記述されている。

一方、飛行事故についてクラスB(※)は、海兵隊平均の2.07に対してオスプレイが2.85、クラスC(※)については海兵隊平均3.53に対してオスプレイが11.45と、いずれも高い。クラスAの事故についても、普天間基地でオスプレイに取り換えられるCH461.11と比べれば、これを上回っている。しかも、海兵隊が1991(平成3)年以降に発生したMV22のクラスA事故を7件と発表しているのに対して、元米海兵隊大尉で軍事評論家のカールトン・メイヤー氏は、本来はクラスAであるはずの多くの事故が「地上の事故」と分類されたり損害額を算出しなかったりするなどして除外されており、実際には少なくとも23件発生していると主張する。(★)

※ クラスA クラスB クラスC(事故のクラス分け)

事故を被害に応じて、クラスA(政府への被害総額が200万ドル以上や死者の発生)、クラスB(被害総額200万ドル未満50万ドル以上や重い後遺症者の発生)、クラスC(被害総額50万ドル未満や軽傷者の発生)の3つに分類される。

★:琉球新報2012年9月20日、1012日付

 













初めに結論ありきのオスプレイ運用

5月17日に米ハワイ州でオスプレイが墜落した事故で、まだ原因が解明されていないにもかかわらず、米国防総省は翌18日(現地時間)、オスプレイについて沖縄での運用や日本への配備計画を変更しないと早々と発表。安全かどうか科学的に分析するのではなく、オスプレイは何が何でも飛行させる方針が浮き彫りになった。中谷元・防衛相も「機体の安全性は政府として保証する状況だ」と述べるなど、具体的なデータは求めずに米国の判断に盲従する日本政府の態度が改めて明らかになった。

では、なぜ米国はオスプレイを飛行させたがるのだろうか。その回答としては 米雑誌『タイム』2007年9月26日号(★1)が示唆に富む。それによれば、ジョージ・ブッシュ政権(1989年~1993年)下で国防長官を務めたディック・チェイニー氏はオスプレイ開発計画を何度も打ち切ろうとしたが、MV22の主要メーカーがある州の選出議員がオスプレイを生き残らせるために「ティルト・ローター・テクノロジー同盟」を創設。40州以上に散らばる2000社近いオスプレイ部品業者もこれを援助し、それぞれの州の出身議員に開発計画の続行を働きかけたという。開発中に数々の問題を指摘されながらオスプレイが生き残ったのは、軍需産業の影響力だったと分析するのである。


1:真喜志好一、リムピース、非核市民宣言運動・ヨコスカ『オスプレイ配備の危険性』(七つ森書館 2012年)







 

払拭できるかオスプレイの危険性


5月17日、米ハワイ州オワフ島で米海兵隊の垂直離着陸型輸送機MV22オスプレイが着陸に失敗して炎上、1人が死亡、21人が負傷した。2012年、オスプレイMV22が沖縄県の普天間基地に配備されるときも、その危険性が指摘されたにもかかわらず、日本政府はなし崩し的に安全を宣言、配備に同意した。改めて安全性に対する疑問を払拭する説明が求められよう。

オスプレイの危険性を指摘する声は外部からだけではなかった。米軍や米政府の関係者からも、オスプレイの構造的な欠陥を指摘する声が上がっていた。NPO国防分析研究所(IDA)でMV22とCV22の主任分析官として、オスプレイの開発にもかかわったアーサー・リボロ氏は、2009年6月、米下院監査政府改革委員会で証言したり、沖縄タイムス、琉球新報2012年8月19日付のインタビューで語ったりしている。

それによれば、①エンジンが停止しても安全に着陸できるオートローテーション機能が欠如している ②従来のヘリと異なり左右に回転翼がある構造のため、下降する際に渦巻き状の気流で制御不能になったり、横軸方向での操作が不安定になったりしやすい。配管や電気配線、機械系統などが複雑で不具合を起こしやすい ③複数の機体が接近して飛ぶ場合、回転翼が巻き起こす渦巻き状気流などによって制御不能になる可能性がある ④他機種の約2倍の激しい吹きおろし気流が着陸時に発生し周囲のものを吹き飛ばす ⑤低速飛行時など非常時には、フライトコンピュータ(操作制御装置)は操縦士の指示に従わず、操作ミスで失った制御を取り戻そうとしても、そのまま墜落する可能性が高い――などの問題点が指摘されるという。









復帰記念日に「九条の碑」を考える

もうすぐ、5月15日、沖縄にとって本土復帰記念日である。本土復帰がどのような意味を持つか考える日であるが、今年は憲法九条が焦点だろう。


県民の4人に1人が亡くなる沖縄戦の後は、ベトナム戦争など東西冷戦の前線基地にされた経験を踏まえ、恒久平和を謳う憲法九条を持つ本土復帰を目指した。それゆえに、九条への思い入れも深く、県内には6カ所に九条の碑が設けられている(写真は那覇市の与儀公園)。県外の4県5カ所(沖縄タイムス5月1日付調べ)のに比べ突出している。

今の国会で審議が予定される安保法案については、法案の文面解釈にばかり注目が集まっているような気がしてならない。法案成立によって米軍との協力関係が全世界的に緊密になるのだから、ベトナム戦争やイラク戦争など米軍の海外派兵が地域の安定にどのような影響を及ぼしたか検証する必要があるのではないだろうか。


 







安倍首相の訪米から見えるもの

       本土削減と沖縄強化の米軍基地
(2013年の「主権回復の日」への抗議集会)(日米首脳会談を報じる朝日新聞夕刊1957年6月22日付)

4月28日、テレビ画面には訪米中の安倍首相が盛大な歓迎を受けご満悦な姿が映し出された。テレビ局側は、このように華々しく歓待されることは日本国民にとっても誇りであるかのように伝えていた。果してそうだろうか。

歓待の大きな理由の一つが、全世界規模で自衛隊が米軍の支援に回ることを約束したおかげだろう。各メディアも、このあたりをさらりと伝えているが、従来の安全保障政策を専守防衛から180度転換させる重要決定である。しかも、国会の審議はもちろん国民的な議論をすっ飛ばして米国に約束してしまった。政権がどこに顔を向けて政治をいるかを端的に表している。

さらに、オバマ大統領との会談をこの日に設定したことは、この国の安全保障政策を象徴していると思う。63年前のこの日、サンフランシスコ条約が発効した。沖縄は「基地の島」として正式に米軍統治下に入る一方、日本は独立を果たした。沖縄に基地を集約することによって、本土の反発を和らげ日米同盟を維持するというやり方である。

安倍首相の祖父である岸首相の時代から、この沖縄政策は変っていない。「つくるべきところ」につくるのではなく、「つくりやすいところ」につくるのである。弊社の『いかに「基地の島」はつくられたか』から、象徴的な一場面を引用しよう。

1957(昭和32)年6月、岸首相とアイゼンハワー大統領による日米首脳会談がアメリカ・ワシントンで開かれたが、沖縄政策について新たな展開はみられなかった。会談後の記者会見で岸首相は「国民感情を代弁してすぐに(沖縄を)返還してくれと強いことをいった」と強調するものの、同時に本気で沖縄返還を要求しているとは思えない言葉も口にする。「実際問題についてみても、いま施政権の一部を返してもらって軍政と別れるわけにもいかないし、日本に返したからといって非常によくなるとは自信を持っていい切れない」ともらすのである。

 沖縄返還が難しい理由について、朝日新聞夕刊1957年6月22日付は次のように推測した。「特に日本が核兵器持込み反対、装備の近代化に消極的な態度をとる以上、完全な米基地沖縄の現状を変えるわけにはいかず、米国の戦略的見地から沖縄施政権は不可能との国防総省の従来の意見が述べられたともいわれる」。日本本土は東アジアの軍事拠点として制限が多いことから、自由に使える基地沖縄は手放せない。日本政府側からすれば、沖縄の施政権をアメリカに渡したままにすれば、核兵器の受け入れなど軍備の増強を求めるアメリカの圧力を和らげられる、という論理である。

日米首脳会談後、本土の在日米軍を大幅に縮減する計画も明らかにされており、同じ時期、海兵隊基地の建設やナイキミサイル配備など基地強化が進められる沖縄との違いが一層鮮明になった」








深まる米国依存と語彙の貧困化




4月18日、安倍首相と翁長沖縄県知事が会談したが、両者の主張は平行線をたどった。それ自体は予想したとおりである。しかし、気になったのは、なぜ今の時期に会談をしたか、である。大手メディアの伝えるところによれば、今月下旬に安倍首相が訪米してオバマ大統領と会談する際、沖縄側とちゃんと対話している実績を示すためらしい。それが本当とすれば、日本の首相が自国の国民以上に米国に気を配っていることになり何とも悲しい。「日本を取り戻す」「戦後レジームからの脱却」などと勇ましい旗を掲げながら、ますます戦後レジームにはまり米国にすり寄っている。しかも、こうした首相の意図をメディアも無批判で当然のごとく取り上げている。

加えて気になったのは、語彙の貧困である。なぜ会談をするかといえば、本来は少しでも相手を説得するためのはず。ところが、「辺野古が唯一の解決策」を繰り返すばかり。メディアの伝える限りでは、なぜ「唯一」なのか示されていない。ただ「我々は正しいことをしている。ゆえに正しいのです」の繰り返しにしか聞こえない。「適切に処理」「法に則って」など似たようなフレーズばかりが目立つ。あげ足をとられないように無難な言葉ばかりを意識的に使っているのか、もともと語彙が不足しているのか。いずれにせよ、相手への気づかいは感じられず、「私は正しい」の主張ばかりがむなしく響く会談である。




















政府は本土の基地問題を優先

基地問題を取り扱ったさまざまな書物が出版されているが、NHK取材班『基地はなぜ沖縄に集中しているのか』(NHK出版 2011年)で興味深いのは、「関東計画」に関する説明である。本書で初めてその存在を知った。

「関東計画」とは、関東平野地域の米軍基地を大幅に整理・縮小する計画であり、日米両政府が1972年に打ち出した。米軍の機能を横田基地に集約し、府中市、立川市など当時首都圏にあった6つの基地を日本側に返還するという内容である。ベトナム戦争を背景に全国各地の基地で米軍の活動が活発化する中、事故やトラブル、騒音被害が続き、国民の反米感情が高まっていたため、これを抑えるのが狙いだった。

合意から5年あまりで計画すべてを実現。返還面積は普天間基地の4つ分以上に相当した。移転費用など必要経費は日本側が負担し、総額450億円に達した。当時の防衛施設庁の単年度予算に匹敵する額であるが、この計画により本土の反基地感情が収束していくことになる。

一方、沖縄の地元紙の報道によれば、同じ時期に沖縄でも海兵隊の統合・縮小の案が浮上するが、結局実現することはなかった。その原因の1つが、関東計画に多額の予算をつぎ込み、沖縄の基地縮小にかける財政的な余裕がなかったことだという。もともと本土に集中していた米軍基地は1970年前後までに、本土と沖縄の面積比率が50パーセントとなり、その後、返還が進まない沖縄の比率が高まり74パーセントとなった。

関東計画は、政府が本気になれば基地返還は可能にもかかわらず、本土を優先させてきた歴史の端的な例であろう。














「粛々と」「毅然として」の裏側




先日、名護市辺野古における新基地建設をめぐり、翁長知事と菅官房長官が会談した際、「粛々と」という言葉が話題になったが、菅長官が「もう使いない」と発言して、あっさり幕引きとなった。政治は「言葉が命」のはずであり、たまたま口にした言葉ならともかく、繰り返し使っている言葉なら、信念を持っているはすだろう。


この言葉に社会の関心が集まるのを避けるという「賢明な判断」だったのだろう。誰がどんな発言したか、を並べるだけの「公平な報道」のもとで、どの言葉を使ったらよくて、どの言葉を使ったら悪いという言葉狩りや言葉遊びのレベルに収まり少々寂しい。問題は、言葉の裏側に流れる理念や政策方針である。

おそらく、「粛々と」という言葉にひっかかった沖縄の人々が頭に思い浮かべたのは、海保職員による新基地の建設予定地における警備であり、「沖縄の負担軽減」といいながら沖縄側の声に耳を傾けない姿勢である。「粛々と」は、あんたが何を言おうと、こちらのやり方でやりますよという宣言に聞こえる。

物はいいようである。気が弱いのも「繊細」と言い換えられ、単に傲慢な態度も「毅然としている」「ブレない」と表現できるかもしれない。真実を言い当てているかどうかは別として、まったくのウソとすぐに否定するのも簡単ではない。しかし、こうした言葉の二重性がよく利用され、政権側が本当の意図を隠してきたのも事実。「積極的平和主義」など耳ざわりのいい言葉を鵜呑みにせずに、その裏側にある意図に目を凝らし続ける必要があるだろう。



















在沖海兵隊に抑止力はあるのか




普天間基地の県内移設にこだわる理由として政府側がよく挙げるのが「抑止力」。米軍海兵隊が沖縄に駐留することによって敵対勢力に対する抑止力になっているという。

そもそも抑止力とは何か。敵に対して侵略を思いとどまらせる力である。侵略したとしても阻止され、しかも侵略によって得られる利益以上に大きな損害を与えられる能力と意志を示せば、敵は侵略を控えるという想定の上に成り立っている。敵との単純な戦力比較ではなく、敵がこちらの戦力をどう分析するか、何を基準にして侵略するかしないかの判断を下すか、など敵の価値観、分析手法や意志決定もかかわる。

専門家の間でも見解が異なり、一般市民となれば分からないことが多いが、政府の見解を鵜呑みにするのは危険である。新外交イニシアティブ『虚像の抑止力 沖縄・東京・ワシントン発 安全保障政策の新機軸』(旬報社 2014年)や柳澤協二、道下徳成、小川伸一、植木千可子、山口昇、加藤朗、広瀬佳一『抑止力を問う 元政府高官と防衛スペシャリスト達の対話』(かもがわ出版 2010年)で、在沖海兵隊の抑止力についていくつもの重要な指摘がみられる。

一つには沖縄の地理的な位置である。アジアの中心にあり、台湾や尖閣諸島など紛争が予想される地域に近いことが、沖縄の軍事的な重要性につながっているといわれてきた。しかし、輸送能力の向上によってグアム、ハワイや米国本土からでも短時間のうちに大量の兵力を送り出すことが可能になり、沖縄の地理的な重要性は低下。一方、中国や北朝鮮などにおいて、高速で目標まで到達するミサイル技術が発達し多数のミサイルが配備されるに従って、沖縄のように近い場所では対処が難しくなり、そうした場所に基地施設が集中することは、攻撃に対する脆さ(脆弱性)(※1)を生んでいると指摘する。

在沖海兵隊の能力についても抑止力となりうるかについても疑問が持たれている。沖縄海兵隊の定員を米側は約1万8000人としているが、県によると、実際の駐留を1万2000人程度、しかも多くは常駐せず米本土からのローテンション配備であり、司令部や補給部隊の要員。紛争時の主力となる歩兵大隊4個のうち3個(約2000人)は2003(平成15)年から沖縄におらず、空洞化(※2)が進んでいるとする指摘がある。

緊急展開が可能なのは、佐世保基地にいる揚陸艦4隻に乗り込む第31海兵遠征部隊(約2200人)ぐらい。基幹となる歩兵連隊は兵力800人、偵察用軽装甲車両数台、水陸両用の兵員輸送車両10台余りだけで、戦車はゼロという規模と装備であり、紛争や災害時に在留米国人や軍人の家族を非難させるのが第一の任務(※3)という見方もある。加えて、第31海兵遠征部隊はタイやフィリピン、オーストラリアなど海外における訓練や派遣のため、基地にいないことが多く、年間の半分以上が海外活動も充てられることも珍しくない。

そもそも、能力を持っていたとしても、実際に日本周辺で紛争が起きても米国が海兵隊を投入するか疑わしさが残る。現在、一番紛争が起きる可能性が高いといわれる尖閣諸島(※4)についても、2014(平成26)年に来日したオバマ大統領をはじめ、米国政府の要人が日米安保の適用範囲と発言しているものの、日中間の領土問題に関しては中立の立場を表明している。しかも、米中は近年お互いに最大の貿易・投資のパートナー。米国にとって戦略上さして重要とは思えない島のために、最も重要な経済関係を大きく損ない、兵士たちの命を危険にさらすことができるか。多くの疑問符がつくことになろう。

1 攻撃に対する脆さ

琉球新報2014年9月1日付によれば、ジョセフ・ナイ元国防次官補は米ニュースサイト「ハフィントン・ポスト」に対し、「中国のミサイル技術が発展し、沖縄の米軍基地は脆弱(ぜいじゃく)になった」とする論文を寄稿した。また、ジョージ・ワシントン大学のマイク・モチヅキ教授も「米国の軍事アセットを今日そうであるように沖縄にこれほど集中させることは、脆弱性が増してしまい、皮肉にも抑止力自体を弱体化させかねない」「軍事アセットをより影響を受けにくい地域に再配分をして、想定される中国からの攻撃に対抗するための作戦の拠点(たとえばグアム、日本の北東部など)を進化させていくことは、戦略的に有意義である」と主張する。 

2 空洞化、※3 第一の任務

在日海兵隊の空洞化や第一の任務について、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授の植木千可子氏が「海兵隊は、もうずっと長いこと、3分の1は常に日本にいなかった。それに、海兵隊の人たちと話をすると、地域内の大使館などを守りに行くとは言うけれども、日本有事ということはあまり想定していないような答えが返ってくることが多かったのです」と語っている

4 尖閣諸島

尖閣諸島をめぐる紛争への海兵隊の投入について、元内閣官房副長官補・安全保障担当の柳澤協二氏は「海兵隊は、敵を強襲して橋頭堡を築き、後続部隊の来援基盤を作るのが役割だ。それは、米国が地上軍の投入を含む大規模な戦争を覚悟しなければできないことだ。中国との本格的な戦争を望まず、また、イラク・アフガニスタン戦争で大きなダメージを被った軍隊の立て直しに腐心する米国にとって、海兵隊を含む地上兵力の投入という選択はありえない」と可能性を否定している。









半世紀前にも辺野古に軍港計画


 
(強襲揚陸艦)                (大田昌秀氏は著書『こんな沖縄に誰がした 普天間移設問題――最善・最短の解決策』

3月18日の地元紙報道によれば、名護市の辺野古沖で強襲揚陸鑑にオスプレイを離着させる訓練をしていたことが分かった。政府側は辺野古新基地に強襲艦が接岸することはないと否定するものの、半世紀前に米軍が辺野古に航空基地と軍港の機能を備えた一大基地を計画していたことを考えれば、新基地建設後になし崩し的に強襲艦によって使われることは想像に難くない。元沖縄県知事の大田昌秀氏は著書『こんな沖縄に誰がした 普天間移設問題――最善・最短の解決策』(同時代社 2010年)の中で、1960年代後半、米軍が辺野古に航空基地と軍港の建設計画を描いていたことを指摘する。

それによれば、計画が浮上したのは、沖縄の本土復帰について日米政府が話し合いを始めた時期。沖縄本島中南部に集中する飛行場や軍港など基地施設は、建設から10年以上が経過し機能的に飽和状態にあったり、すぐ近くまで民間の開発が進んで人口密集地域に囲まれたりして、自由な使用が難しくなっている。沖縄の施政権が日本に移れば、さらに多くの制約を受け基地機能の低下が予想されることから、米軍内部では基地機能の統合・移転を検討していた。その結果、辺野古に海兵隊の航空施設を建設する計画が作成された。現在の普天間基地より一回り小さいながら、3000メートル滑走路2本、軍港、弾薬貯蔵庫などを備えた複合施設である。

米軍統治下の沖縄では、この新施設の建設費用はすべて米軍が支払わなければならない一方、米国は泥沼化するベトナム戦争の戦費負担がのしかかるなど財政難にあえいでいる時期であり、計画は日の目をみることはなかった。しかし、沖縄の米軍関係者は土地接収から基地建設に至るまで細かい手順を研究し尽しており、新基地実現に強い意欲をみせていたことがうかがわれるという。

30年ほど後、普天間基地の移設先として同じ名護市辺野古を選んだことは偶然だろうか。日米政府は1996(平成8)年、普天間基地の返還条件として、沖縄県内の米軍基地に新基地を建設することで合意している。移設先を議論すれば30年前と同じ結論に達することは不思議ではない。しかも、日本の主権下に戻った沖縄では、新基地建設の費用はすべて日本側が負担する。まさに渡りに船である。政府は、普天間基地を移設する目的として危険性の除去を挙げるが、本当かどうか疑問を感じるのが自然だろう。










終わらない枯れ葉剤問題




 ベトナム戦争で大量に撒かれた枯れ葉剤といえば、ベトちゃん・ドクちゃんをはじめとした大量の出産異常との関係が疑われ注目されたが、どこか遠い昔の話のように聞こえるかもしれない。しかし、沖縄では現在進行形の問題である。

 昨年6月以来、沖縄市の改修中の市営サッカー場などから、相次いで大量のドラム缶が見つかっている。サッカー場はもともと米軍・嘉手納基地の一部だった土地であり、缶の外側には枯れ葉剤を製造していた会社の社名が記されていたことから、中には枯れ葉剤が入っていたのではないかという疑惑が持ち上がっている。缶の中からはダイオキシン類が検出され、研究者からは「枯れ葉剤の可能性が高い」という声が出ているが、調査に当たっている沖縄防衛局や沖縄市は「断定できない」と腰がひけている。米軍は沖縄で枯れ葉剤を貯蔵・使用したことはないという姿勢を崩さない。

 そんな中、最近『追跡・沖縄の枯れ葉剤 ―埋もれた戦争犯罪を掘り起こす』(高文研 
1800円+税)が出版された。著者のジョン・ミッチェル氏は、沖縄に駐留経験のある元米兵から、大量の枯れ葉剤を沖縄で積み降ろし、投棄したり散布したりしたという証言を丹念に集めている。これらの米兵はいずれも、がん、糖尿病、心疾患などの重い病気や子供の先天性異常に苦しんでいる。興味のある人は一読を!















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