沖縄を深く知るためのガイドブック
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沖縄から基地を読む

米軍ヘリ窓落下も他人事

 

 米軍普天間基地所属のCH53E大型輸送ヘリが8月27日、沖縄本島東海岸沖で重さ約1キロの窓を落下させたが、地元紙によれば、日本政府は、被害がないことを理由に米軍に飛行自粛を求めない方針だそうだ。県や関係自治体への連絡は発生から2日後という、相変わらずのスローペースだったにもかかわらず、政府は本気で怒っている気配がない。CH53E2017年にも、普天間第二小学校に窓を落下させている。

窓の落下のような事故は、被害を招く場所では起こさず、被害を招かない場所だから起こすという調整がきくものでない。たまたま被害が起きなかったことは明らかだ。2018年1月、内閣府副大臣が衆議院本会議中、普天間基地所属の米軍ヘリの不時着をめぐる質問中、「それで何人死んだんだ」とヤジを飛ばして辞職したが、政府全体の認識は似たようなものだと改めて感じた。遠い沖縄で起きたことなんて、まったく他人事であり、死傷者の出ていない事故であまり騒ぐなとでも言いたげ。国民を守るためでなく米軍を守るための政府と思いたくなる。










空母の夢と沖縄

 5月下旬のトランプ米大統領の訪日は、他国から羨まれるほどの日米の親密ぶりをみせつけたとして、日本国内ではおおむね好意的に受け止めているようである。トランプ大統領がそのような行動をとった理由は、安倍首相との友情や日本びいき、など感情的なものに求められるのだろうか。

 自国や軍の利益を冷酷に追求する米軍に、戦後ずっと間近に対峙してきた沖縄からみる(沖縄と米軍基地の関係は、弊社から発刊された『データで読む沖縄の基地負担』や『沖縄の基地と性暴力』で詳しく説明されている) と、今回の訪日の目的は軍事協力関係の強化が大きいような気がしてならない。「協力関係」といえば聞こえはよいが、もともと力関係では圧倒的に米国が強い上、「寄らば大樹の陰」「長いものにまかれる」のムードが濃く、忖度が好まれる現政権のもとでは米軍に自衛隊が飲み込まれかねない危うさを秘める。

 これを象徴するのが、28日に安倍首相とトランプ大統領がそろって護衛艦「かが」に搭乗したことである。「かが」を改修しF-35が離発着できるようにする計画が明らかになっている。ただ、実質的な空母化については、専守防衛の日本に空母か必要なのか、ミサイル技術が高度に発達した現代において、空母の保持は防衛力の強化のために合理的な選択なのか、などさまざまな面から異論がある。

 そうした中で両首脳が搭乗したことには、背景に両国の強い思惑があったと考えるのが自然だろう。日本側は一部保守層を中心に、軍事力で他国を威圧するため、軍事強国の象徴である空母を保有したいという願望が根強い。一方、トランプ大統領の言動をビジネスマンの視点から冷静にみれば、空母はF-35を始めとした最新高額兵器を日本へ売る格好の契機になる上、そうした最新高額兵器で装備した自衛隊に、米軍の役割の一部を負わせるという狙いが浮かび上がる。

写真左は沖縄の米軍施設ホワイトビーチに寄港する護衛艦「いずも」。「かが」とは同型艦。写真右は横須賀港に停泊する護衛艦「ひゅうが」。













止まらない辺野古新基地建設

 5月3日、新基地建設が進められる名護市・辺野古をのぞいてみた。連休中とあって作業は止まっているらしく、工事区域の南側にあたる辺野古からは、埋め立て工事の車両はまったく見当たらない。一直線にコンクリートの護岸が、沖に向かって伸びるだけである。

一方、北側にあたる二見側には、何隻もの作業船が寄り集まっている。軟弱地盤が水面下に広がるといわれる区域だ。深いところでは水面下90メートルに及び、地盤の改良工事が必要だが、これだけ地下深い工事は世界的にも例がないとの専門家の指摘がある。改良工事だけで3年8カ月かかり、その間打ち込まれる杭の数は7万7000本にのぼるという。

これまで明らかになった防衛省の説明では、納得できるというより疑問が深まるばかりである。「建設可能」を繰り返すばかりで、なぜそう考えるか根拠が示されない。しかも、これだけ重要なことが、なぜ護岸工事が始まってから明らかになり論議されるのか。総予算は数千億円とも1兆円を超えるともいわれる事業についてである。

 大型公共工事の典型例の臭いがプンプンしてくる。莫大な予算を費やす事業にもかかわらず、建設物としてどれだけしっかり調査したのか怪しい。いったん事業が決まれば暴走列車のように突き進み、いかなる問題が見つかろうと決して止まらない。だから、予算も工期もどんどん膨れ上がる。予算を通しやすいように、予算も工期もかなり抑えて発表するという指摘もある。3年8カ月、打ち込む杭の数7万7000本という改良工事はまだ始まる前の計画。公共工事の歴史を知れば、これで済むと信じる人がどれだけいるだろうか。











忖度ジャパンを超える沖縄を

 

 日本は全国的にはサクラ・フィーバーに沸いているが、沖縄ではとうにサクラは終わり、ぼちぼち月桃が花をつける季節。ちいさなピンク色の花だが、きりりと締まり凛とした姿は沖縄らしい。 

 最近、取材で就活学生や若手社会人の声を聞く機会があったが、気になったのが、「なりたい自分」として「思いやりがある」「他人に寄り添える」をあげる人が多かったことだ。自分は何をしたいのか、何を目指すのか、全面に出さないのだろうかと思った。

短い時間でその人の考えがどう成り立っているのか言い切ることはできないが、1つの懸念がじわじわと頭の中に広がる。何が正しく、自分は何をするべきかという信念がないまま、他人への思いやりを深めれば、権力者や強者へのおもねりに陥りかねない。権力者や強者に従うことが、とりあえず身の安全や生活の安定につながるからだ。

 最近、官僚や政治家の「忖度(そんたく)」が話題になっているが、これこそは悪しき思いやりの典型例だろう。日本社会では「空気を読む」や「おもてなし」が重要視されるが、社会正義や公正の視点がなければ、権力者への忖度であり自己保身にしかみえない。忖度する本人からすれば、素直な「思いやりの気持ち」。社会正義や公正の意識が薄れているのかもしれない。そんなものが何の得になるのか、カネになるのか、という声が聞こえてきそうだ。

 辺野古の新基地建設をめぐっては、日本全体から沖縄に対して「忖度しろ」という無言の圧力がかかっているような気がしてならない。北朝鮮、中国、ロシアなど軍事的な脅威が高まる中、日本は米国との同盟関係を深めるしかない。政府は「辺野古が唯一の解決策」と断言するのに、なぜ沖縄は拒みつづけるのか。

沖縄からは「そんなに日米同盟が大切ならば、なぜ基地を本土で引き受けないのか」と叫んでもほとんど届かない。沖縄戦や米軍基地の歴史を深く掘り下げれば、新基地は沖縄で引き受けろという声は出ないはずだが、改元フィーバーにわく本土では、昭和をひきずる沖縄の歴史に関心を持つ人はごくわずか。しかし、小さな声ながら繰り返し訴え続けるしかないのだろう。













平成の終わりを迎える沖縄の空

4月1日に新しい元号が発表になると、大手メディアはざわめきたっている。あと何時間何分で発表になる、とカウントダウンをする番組もあるほどの、はっしゃぎっぷり。確かに元号は、日本で長年使われ続けた伝統文化と主張する人もいる。しかし、権力者が勝手に決めて国民一般に広めたものであり、決定には庶民はまったく関係してこなかった。なぜ、そんなものを早く知りたがり、今か今かと待つのか。

沖縄では戦闘機が人口密集地域を頻繁に飛ぶ光景が相変わらず続き、おそらく元号が新しくなろうと変わるまい。むしろひどくなる兆候さえする。個人的に那覇市上空を戦闘機が飛ぶ頻度が増していると感じ、基地周辺で騒音がひどくなっているという声もあがる。2018年12月には、普天間基地周辺で観測史上最高となる123.7デシベルを記録した。

だが、新聞報道によれば、在沖米軍のトップは「航空機が発する音は変わらないが、天候など環境により体感する音が大きくなる可能性があると思う」とコメントしたという。史上最高を記録した頃、外来機のF35Bステルス戦闘機の着陸があったことが分かっている。厳しい財政事情のもと米軍は予算を節約するため、日本の思いやり予算で運用される沖縄の基地へ、なるべく訓練の場を移そうとしているという専門家の指摘がある。いずれにせよ、人口密集地域の上を戦闘機が飛ぶ光景はまず米国でなく、沖縄では飛び放題である。





















変わらない新基地建設と日本政府

 辺野古新基地建設をめぐる県民投票から1週間。投票日当日や7割以上が反対という結果が出た翌日は、全国メディアでも注目を浴びたが、その後は県内ニュースを除けば、新基地建設はほとんど取り上げられることはない。政府も建設推進の方針を変える気配もなく、今の時代に本当に「辺野古が唯一の解決策」か、本当に新基地が沖縄に必要か検証する動きは見えない。日本ではいったん政府が決定すると、それを覆すことの難しさを改めて感じる。

 近年の政治ニュースでは、方針転換があれば「ブレた」「変節」として否定的な見方が広がる。果たしてそうだろうか。問題は変更したかどうかでなく、どう変更したかである。変更した結果がよければ「英断」である。

ほんの1年余り前までは、徹底的にこきおろし、核戦争さえ仕掛けかねなかった北朝鮮のリーダーに対して、トランプ米大統領は対話をもちかけ個人的に称賛する。個々の手法や発言内容は批判を受けても仕方がないだろうが、対話に向けて舵を切ったトランプ大統領の判断そのものは正しい。日本政府は、いったん「これが正しい」と決めると、方針転換は批判や責任追及を恐れてなかなかできない。変化の激しい国際情勢の流れから取り残されかけている気がしてならない。





 













無責任時代の米軍基地と原発

 1月17日夕方、戦闘機が相次いで那覇市内の上空を北に向けて飛んで行った。機体がはっきり見える高さである。方角から推測するに、宜野湾市の米軍普天間基地を目指していたのだろう。18日は午前中から昼にかけて2~3時間、空中給油機とみられる黒っぽい大型機が断続的に那覇市上空に現れた。複数の大型機が円を描くように上空をぐるぐる回ることもあった。午後になると、機体の上に円盤状のものを搭載した、早期警戒管制機らしき大型機も姿を現わした。

近年、沖縄の「基地負担軽減」と銘打って、空中給油機をはじめ軍用機訓練の県外移転が発表されてきた。しかし、現実には、県外からの外来機が毎年のように一時駐留を繰り返している。米軍は軍事予算を削減するため国内の基地を次々と閉鎖しており、そのしわ寄せで、日本政府の経費負担で運営される沖縄の基地を利用する機会が増えているという識者の指摘もある。いずれにせよ、ここ10年間を振り返って那覇市上空を飛ぶ軍用機が増えているという印象はぬぐえない。

中国や北朝鮮との軍事的緊張関係に備え日米同盟を維持・強化するため、在日米軍は欠かせないという人は多い。だが、それほど大事と認めながら、在日米軍を自分のところで引き受けようとする動きはほとんどない。安全保障の利益を望むにもかかわらず、それに伴う不利益は被りたくない。まったく無責任と呼ぶしかないが、今の日本ではまかり通っている。

原発についても米軍基地と同じ構図が浮かび上る。先日、財界団体のお偉いさんが、原発の再稼働や新設を推し進めるべきと記者会見で発言したが、この人が原発に対する不安を払拭したり核のゴミ問題を解決したりするために、身を挺して動いてきたのだろうか。すくなくとも報道される部分を見る限りでは、原発政策といえば、札束や権力というアメとムチを使って過疎地域に原発や核のゴミを押し付け黙らせてきたとしか思えない。














単純化される沖縄ニュース

 

左の写真は辺野古新基地建設に反対する市民グループ。中央と右は、本土に駐留する米海兵隊が1957年8月に沖縄へ移転することを伝える新聞記事(中央=毎日新聞夕刊8月9日付、右=朝日新聞8月8日付)。

 米軍新基地建設に伴う辺野古沖の埋め立て工事が本格化し、全国ニュースでも時折、取り上げられているが、米軍基地という「迷惑施設」に反対する地元沖縄と、「普天間基地の撤去」や「安全保障」を理由に工事を進めたい政府の対立構図に単純化されている気がしてならない。

 確かに、メディアという仕組みを考えればやむを得ない面もある。限られた時間やスペースの中で、次々と新たに起こる事件や事故を取り上げ、世の中の動きをまとめなければならない。しかも、読者や視聴者は「より分かりやすく」「よりコンパクト」「より目新しい」を求めている。活字離れが進む一方、インターネットをはじめ新しいメディアが登場し、情報の流通速度が上がる中、一つの話題に長く付き合う忍耐力を持つ読者や視聴者は減っていく。ニュースの制作側は、話題の枝葉や根を切り落としコンパクトに単純化する方向へ流れる。

しかし、30秒ニュースでまとめられる話題ばかりではない。例えば、辺野古の新基地建設問題は、沖縄が反発する根をたどっていけば、74年前の沖縄戦や47年前まで続いた米軍統治までさかのぼる。詳しくは、弊社発行の『いかに「基地の島」はつくられたか』や『沖縄の基地と性暴力』で説明しているが、沖縄の基地問題は本土がまいた種から芽生えた。

沖縄に米軍基地を置く理由を、政府は「安全保障上の理由」と説明するものの、現在、沖縄駐留米軍の中心部隊である海兵隊はもともと本土に駐留していて、1950年代、本土各地で米軍基地反対運動が高まるのを受けて沖縄に移ってきたのである。当時、沖縄は米軍の直接統治下にあり住民に「ノー」の選択肢はなく、軍司令部の判断次第で受け入れが可能。海兵隊を「移しやすいところに移した」と言える。





 




本土から来た基地をなぜ返せない?

 名護市辺野古の新基地建設に伴う埋め立ての賛否を問う県民投票について1218日、宮古島市長が参加しない方針を明らかにした。反対表明は市長としては初めてだが、ほかにも県民投票への態度を保留している自治体があり、県民投票に反対する動きは広まりそうな気配がある。今年9月の県知事選で、辺野古新基地反対を掲げた玉城氏当選で県内の「民意」がまとまったかに見えたが、新基地を認める意見が目立つようになり「民意」分裂の印象を与えている。

 確かに、少数意見の尊重は民主主義の基本である。しかし、新基地建設に反対か賛成(承認)か、きちんと議論を交わせてきたのだろうか。先の県知事選でも、政府与党が推薦した対立候補は、当選すれば推進に向かうことは当然予想されたが、選挙戦では新基地建設にほとんど触れなかった。この候補に限らず、ここ数年の県内選挙では、新基地賛成派または承認派と目される候補(政府与党が後押し)は、新基地建設には触れず争点にしようとしない。議論は深められず、争点隠しといわれても仕方ないだろう。妥協点や融和策を探ることはできず、県内の分断を深めるばかりである。

 そもそも、正確な情報が明らかになってこそ、きちんと議論が交わせる。政府が新基地建設の論拠にしている「辺野古が唯一の解決策」は本当だろうか。もともと普天間基地の海兵隊は、本土に駐留していた。それが、本土の基地反対運動が激しくなり日米同盟に亀裂が入りかねないことから、当時は米軍支配下にあり司令官の一存で基地を設けられる沖縄へ1950年代半ば移転した。しかも、ベトナム戦争終結後、米軍は沖縄からの海兵隊撤退を検討するなど、米軍内外の関係者や専門家から沖縄駐留の重要性に疑問を投げかける声が出てきた。海兵隊の沖縄駐留にこだわるのは、いまだ冷戦期の思考から抜け切れない日本政府側という指摘もある(海兵隊の沖縄駐留に関する歴史や専門家の議論については、弊社発刊の『いかに「基地の島」はつくられたか』や『データで読む沖縄の基地負担』で詳しく説明している)。














沖縄戦後史が語るもの

 「強固な日米同盟」。安倍首相がことあるごとに繰り返す。メディアも特に論評を加えずに伝え、国民の間にも一応納得するような空気が流れる。しかし、沖縄から見れば、大いなる疑問が浮かぶ。それはイデオロギーや専門的な理論から導き出されたものではない。27年間の直接統治を含め、戦後米軍と間近に向き合ってきた歴史が物語るのである。米軍はあくまでも組織の論理と国益に基づき動くのであって、駐留する住民を守るためではない。場合によっては住民に銃剣を向けることさえ厭わない。

 こうした軍をめぐる歴史は、太平洋戦争中の旧日本軍を含め、たびたび沖縄から発信されてきた。にもかかわらず、というか、むしろ本土における反応が薄くなっている。一番の典型は沖縄県知事選だろう。ここ2回続けて、辺野古新基地に反対する候補が、政府自民党が推す候補を大差で破っているにもかかわらず、本土側の具体的な行動につながらない。辺野古新基地への反対も、米軍施設への拒否反応、つまり沖縄の「わがまま」に矮小化されがちである。

沖縄の「わがまま」論が繰り広げられる時は、たいてい沖縄の歴史に関する議論がすっぽり抜け落ちている。もともと知らないのか、知っていてあえて無視するのか分からないが、沖縄の歴史に触れることはほとんどない。米国で広がりつつあるトランプ流の思考方式が日本でも根を張りつつあるという気もする。自分にとって関心のない意見や心地よくない指摘は、どれだけ事実を並べても無視するか、「嘘の情報だ」と切って捨ててしまう。互いに溝が深まるだけで、接点を見つけることが難しくなるばかりである。

写真は今年8月、沖縄市で移転新装オープンした沖縄戦後文化資料展示館ヒストリート。戦後史の中で米軍に比重が大きい沖縄ならではの施設だろう。







 




普天間の移転先選びは沖縄の責任か

 新聞からテレビまで沖縄は「安室奈美恵の引退」一色である。9月30日投開票予定の県知事選挙はまったく埋もれてしまった感がある。ただ、「引退」が重ならなくても、県知事選挙に対する関心は4年前に比べると、かなり低いことは明らかだ。

 4年前はまだ本格的な工事が始まる前であり、何よりも、沖縄の保守本流だった翁長雄志氏が辺野古新基地反対に回ったことにより、現状を変えられるという高揚感があった。しかし、安倍政権側は1枚も2枚も上手だったと言っていいだろう。

工事や調整を長期化させながら着実に前に進める手法である。県民の間に広まった高揚感も、長引けばやがて冷え込み、諦めに変わると読んだのだろう。辺野古新基地をめぐる司法判断も、政権の意向を「忖度」したとのではないかという内容であり、県内だけでなく国内の空気感を変える手助けとなったようだ。

 辺野古新基地・反対運動に対する批判も、一つひとつは決定的ではないにしろ着実に影響を与えてきただろう。中でも強い違和感を覚えたのは、「辺野古に代わる普天間基地の移設先案を出せ」と反対派に求める声である。反対するなら代案を出せという論理は一見、もっとものように聞こえる。

 しかし、基地のように、受け入れ側の反発が避けられない「迷惑施設」について、「我々はいやだけど、あそこに持っていって」と別の場所に押し付けるようなことができるだろうか。実際、「迷惑施設」の受け入れ側が、代案としてほかの場所を提案することはもちろん、「代案がない」と受け入れ反対派が批判されることも聞いたことがない。日本の安全保障上、米軍基地は必要だけど、沖縄県内にとどめておきたいという、本土の暗黙の合意が働いたと言わざるを得ない。



 

 

駐留米軍の脅威が台風だった時代 

 9月4日に関西地方で猛威を振るった台風21号の記憶がまだ生々しいうちに、7日に北海道で最大震度7を記録し道内全域が停電するなど災害続きの日本列島。ここ数年、台風の進路が変わっているのか、沖縄本島への接近が減っているようにみえるが、かつては旧日本軍に対して圧倒的な戦力を誇り沖縄占領を始めた米軍に、大きな衝撃を与えた時代もあった。弊社発行の『いかに「基地の島」はつくられたか』に次のような記述がある。 

沖縄駐留のアメリカ軍にとって脅威となったのは台風だった。駐留最初の年である1945(昭和20)年の10月9日、大型台風が沖縄本島を襲った。

「道路はすっかり洗い流され、船や浮桟橋はいたるところで陸上や砂浜に打ちあげられ、あるいは船と船とが衝突したり、岩に突きあたって大破したり、座礁したり、倉庫も兵舎もめちゃめちゃにたたきつけられ、飛行場や飛行機も多大の損害を被った」(仲宗根源和著『琉球から沖縄へ』P135)。海軍では死者27人、負傷者200人余り、陸軍でも100人余りの負傷者を出した。アメリカ軍に与えた衝撃は大きく、当時の沖縄基地司令官は「決定した南西諸島将兵の駐屯軍3万3000人を残して全軍引き揚げる」と発表した(★1)。

さらに、1948(昭和23)年から1949(昭和24)年にかけても強力な台風の直撃を受けた。特に1949(昭和24)年7月に襲来した台風「グロリア」によって、陸軍はコンセット(かまぼこ)型兵舎の25%と住居の50%を失い、空軍は嘉手納基地にある保管庫数個とコントロールタワーを破壊された。50人近い軍人と住民が命を失い、200人が重傷を負った。約200万ドルの輸入食料が、1948(昭和23)年から1949(昭和24)年にかけて3度の台風襲来によって無に帰した(★2)。

1:沖縄タイムス社『沖縄年鑑 1959年』P206

2:『沖縄県史 資料編14 琉球列島の軍政19451950 現代2(和訳編)』P75












翁長知事の亡き後の沖縄

 反対勢力はじわじわと確実に押し潰す。辺野古における新基地の建設をめぐり政府の対応を見ていると、そう言い表す以外ないと思う。安倍首相は着実にやり遂げる決意であり、政府や国会はもちろん、世論も「辺野古やむなし」に傾いている。「寄らば大樹の陰」「長いものにまかれろ」という日本人気質もあろうが、安全保障について日本人の多くが思考停止に陥っている。

中国や北朝鮮の脅威にパニックになり、アメリカと同盟関係を強化する以外の方向性を考えられない。誰がどういった形で安全保障を負担することが最適か、まともな議論が交わされない。6月8日に亡くなった翁長知事が本土に向かって問うてきたのは、この点である。結局のところ、外国からの脅威に備えることは必要だが、自分の近所に基地や施設がくるのも、経済的な負担が多くなるのも困る。これまで沖縄が担ってきたから、これからもそのままにしようという、本土における政治と市民に横たわってきた暗黙の了解が続く。翁長知事の「辺野古に基地はつくらせない」発言も、迷惑施設に対する反対運動の一つに矮小化されている。

いずれにせよ、翁長知事の死去によって、新たな基地を拒む沖縄は大きな転換点を迎えている。8月11日、那覇市の奥武山陸上競技場で開かれた、新基地建設断念を求める県民大会で、登壇した講演者の口からは一様に危機感が漂っていた。8月にも、防衛局は基地建設に向けて埋め立て土砂の投入を始める見通しに対して、翁長知事は「埋め立て承認の撤回」という残り少ない切り札を出して対抗しようとしたが、承認を撤回する前に他界。たとえ撤回が実現したとしても政府は法的な対抗措置を訴えるとみられる上、9月に予想される県知事選で自民党政府が推す候補が当選すれば、新基地反対をめぐる県政の状況も大きく変わりかねない(写真は県民大会で演説する翁長知事の次男、雄治氏)。











新基地建設に反対する理由

 名護市辺野古の新基地建設をめぐり沖縄は正念場を迎えている。防衛省は8月にも、埋め立て土砂を投入し基地建設を本格化する方針である一方、公約として「沖縄に新たな基地をつくらせない」を掲げてきた翁長雄志知事が7月27日、埋め立て承認の撤回を表明した。あくまでも「辺野古に建設することが唯一の解決策」を譲らない政府・自民党は承認撤回を無効化する対抗策を打ち出し、さらには今年11月に予定されている県知事選では、佐喜眞淳・宜野湾市長を担ぎ出し県政を奪還、新基地建設に向けて盤石の態勢を整えようとしている。

 一部メディアでは、辺野古の新基地建設は既定路線であり、日本の安全保障のためにも「悪あがき」は止めるべきという論調が流れる。実際、県外に住む友人からも「沖縄はいつまで反対を続けるのか」と不思議がる声を聞いたことがある。こういった意見が出てくる背景には、戦中戦後の沖縄を苦しめてきた歴史に対する無理解があるのではないかと思う。太平洋戦争中は本土防衛の捨て石にされ、戦後は日本の早期独立や経済成長の取り引き材料にされてきた。沖縄の住民はさまざまな被害を被ったが、その一面に光を当てたのが弊社発行の『沖縄の基地と性暴力』である。詳しい内容は「沖縄探見社の本」のコーナーで紹介している。














慰霊の日と軍用機の訓練

 

 沖縄戦における組織的な戦闘が終わったとされる6月23日は慰霊の日。久しぶりに那覇市の空は静かになった気がする。米軍も多少配慮したのかもしれない。しかし、週が明ければ再び爆音が始まるだろう。

 北朝鮮の平和攻勢にアメリカのトランプ大統領が応じる格好で東アジアの緊張緩和が進んでいるといわれるが、沖縄の空を見るかぎりは一段と、軍用機の飛行が激しさを増している。1時間に何度も轟音をとどろかせながら、灰色の鉄の塊がわがもの顔で空を切り裂いていく。おそらく那覇市のような人口密集地域の上を飛ぶなんて、米国本土や日本本土など他の地域ではなかなかできず、よい訓練になるのだろう。表向きは平和を演出しながらも、マスコミが注目しないような場所では、しっかり牙を研ぐことを忘れない。軍事大国のやり方だろう。










訓練空域と化した那覇市上空

 

 初の米朝首脳会談に向けて、世界的に緊張緩和ムードが流れているが、那覇市上空を見る限りは、軍用機の往来が以前に増して激しくなっている。記事に添付した写真は6月7日から8日にかけて、那覇市の人口密集地域から300ミリ望遠レンズで撮影したもの。このくらいの大きさで写るほど低空で飛行している。これは珍しいことではなく、近年頻繁に起きている。

 7日夜には、午後11時近くにオスプレイと思われる独特の飛行音が響き渡った。沖縄本島の人口密集地域が訓練空域と化したと言っていいだろう。東京に7年間住んでいたが、このくらいの高度を米軍機が飛ぶのを見たことがない。同じように飛んでいたら大問題になるはず。沖縄だからできるのだろう。












埋め立ての進む辺野古沖

   

 久しぶりに名護市辺野古の米軍新基地建設現場をのぞいた。2年ほど前は、辺野古漁港側から見ると、沖合に調査用の台船が浮かび、新基地予定地に沿ってフロートを囲むだけで、具体的な構築物はなかった。ところが、今回は、コンクリートの護岸がキャンプシュワブから沖合に向かって伸び、ダンプカーの行き来やクレーンによる埋め立て作業がはっきりと目にできる。基地建設が着実に進んできることが実感される。

 安部政権の打たれ強さのせいだろう。公文書改ざんや国有地の大幅値引きなど、これまでの内閣ならば退陣に追い込まれかねない問題やスキャンダルが起きても、屋台骨が揺らぐ気配がない。強引な手法をとろうが、ウソやごまかしがみつかろうが批判をつっぱねられる。さまざまな要因が考えられるだろう。

民主党政権の転落以降、野党は分裂を繰り返し安倍政権を脅かす存在になりえない。アジアを見渡せば、政治的にも経済的にも中国の存在感が年々増幅し、北朝鮮の核脅威への不安がとめどなく膨張。日本のナショナリズムがマグマのように吹き出る。細かいことをごちゃごちゃ言わず、外の敵に対抗するしかない。こうした時代のリーダーシップをとるのは、安倍政権以外に妥当な存在が見当たらない。そんな空気が社会に漂う。しかも、高齢化社会・人口減少社会への転落がさらに将来への不安をあおる。少数者や弱者に気を配る余裕もなくなる。











那覇市上空を闊歩する早期警戒管制機

 前週も相変わらず、戦闘機の爆音が頻繁に那覇市上空に響き渡ったが、3月26日には比較的「大物」の姿も見られた。機体の上に円盤型のレーダーを載せていることから、早期警戒管制機のE-3セントリーだろうか。北朝鮮の平和攻勢で融和ムードが流れる一方、トランプ政権内では強硬派が一段と勢いを増しているともいわれ、4月1日からは米韓合同軍演習が始まった。緊張感の漂う沖縄の空はまだ変わる気配はない。


















日常化する軍用機騒音

 報道によれば、嘉手納町では2017年度の騒音などに関する苦情が1000件を超え、前年度の4倍に達しているという。米軍嘉手納基地では、もともと駐留する軍用機に加え、外来機が増えていることが原因とみられる。

 確かに、那覇でも戦闘機と思われる航空機の騒音が増加していることを感じる。上空の飛行が頻繁になっただけでなく、一度に編隊を組む戦闘機の数も増えた気がする。以前は飛ばなかった区域を飛行し低空飛行が多くなっているという指摘がある。沖縄市や嘉手納町など地元自治体は米軍や防衛局に抗議しているが、「訓練は必要」の一点張りで住民に配慮する気配はない。

 大音量にさらされる住民は馴れることはできないが、マスコミや本土に住む人々は地元に米軍機が来ないかぎり、騒音について取り上げることはなっている。かつては騒音問題に大手メディアが焦点を当てることもあったが、今は特段珍しいニュースではなく、完全に「日常化」している。普天間基地の辺野古移設についても同じことがいえるだろう。

数年前までは反対運動を盛んに記事やニュースにしたが、最近はほとんどメディアの話題にならない。これは、辺野古移設を進める行政側の狙いどおりだろう。長期化することによって、反対運動が「日常化」し、本土の関心が薄れる。おまけに、行政側は給料をもらいながら進められ交代要員もいるが、反対運動は自腹であり、長期化するほど経済的にも体力的にも疲弊せざるを得ない。










米軍ヘリのトラブル続きで本音!?

 米軍ヘリの不時着をめぐる国会質問中に、「それで何人死んだか」とやじを飛ばした松本文明副大臣が1月26日辞任し「誤解を与えた」と釈明したが、当時の状況とやじの中身を考えれば誤解の余地などない。米軍関係の事故は死人さえ出なければかまわないという、この国の一定数を占める国会議員が持つ共通認識が思わず出たにすぎない。松本氏は内閣府副大臣として沖縄担当も経験しているはずだが、この程度の認識である。同じ国内といっても、沖縄は遠い海の先にある土地くらいに思っているのだろう。

 小学校への窓枠の落下をはじめ、最近は米軍ヘリのトラブルが相次ぎ、日本政府はヘリの総点検や一時飛行停止を求めているが、米軍側は聞く耳をもたない。那覇市から見ているだけでも、米軍ヘリの民間地上空の飛行はやむどころか、むしろ増えているような気がする。

 久米島から那覇に向かフェリーに乗っていたとき、米軍戦闘機が近づいてきた後、フェリー近くで急上昇するという動きをみせたことがある。あきらかに、フェリーを標的にみたてて攻撃後に離れることを想定した訓練だった。これほど、露骨ではないにしろ、人口密集地を想定した訓練ではないかと思わせる動きをヘリや戦闘機が示す。米国本国や日本本土では同じことをやったら、政府への強い圧力がかかり、なかなか実施できない。ところが、沖縄については政府や世論の関心が薄く、大きな「横やり」なく実施できる。米軍は、実践を想定した訓練を作戦上やめるわけにはいかないのだろう。







沖縄の米軍ヘリ事故で日本従属が浮き彫り

1011日に東村高江で炎上事故を起こした米軍のCH53E大型輸送ヘリと同型ヘリが1018日に飛行訓練を再開、翌日には、同型らしきヘリが那覇市上空を何度も飛ぶ姿が見られた。この日はオスプレイも市街地の住宅地真上を飛んでいた。地元沖縄はもちろん、日本政府の防衛省も、訓練再開前には事故の原因や防止策について説明を求めていたが、米軍側は何の説明もなく訓練再開に踏み切った。安倍政権は日米同盟の強化をこれまで成果として繰り返してきたが、「同盟」とは名ばかりであり、力関係では米国側が圧倒的に優位に立っていることが、改めて浮き彫りになった。










米軍ヘリの墜落と基地負担の粉飾

 昨年(2016年)12月、沖縄本島で最も広い米軍施設「北部訓練場」の半分以上が返還され、政府は沖縄の基地負担の軽減をアピールした。確かに、数字だけ見ると、北部訓練場7513haのうち4010haが返還されたのだから、かなり縮小されたように思える。しかし、民家に近い場所で森を切り開き、新たなヘリコプター着陸帯を6カ所建設することが、返還の条件となっていた。

しかも、もともと訓練場といっても特別施設があるわけではなく通常の山林が広がるだけ。訓練場であろうとなかろうと上空をヘリコプターが飛行する。こうした現実は、1011日に東村高江の民間地で米軍ヘリが炎上した事故に端的に表れているだろう。

 沖縄全体が訓練場になっているのである。訓練場から遠く離れているはずの那覇市内や周辺市街地でも、戦闘機、オスプレイ、軍用ヘリが頻繁に、しかも時には機体の細部がわかるほどの低空で飛び回る。人口密集地域である沖縄の市街地を、何かの訓練を想定しながら飛んでいるとしか思えない。添付した写真はそのとき撮影したものである。

 加えて気になるのが、今回の事故についてニュースで「緊急着陸」という表現が使われている点だ。おそらく米軍や政府の発表をそのままなぞっているのだろう。だが、機体が原形をとどめないほど燃えても「着陸」といえるのだろうか。昨年、オスプレイが本島北部の沖合で大破したときも、少なくとも最初のうちは報道で「不時着」が使われた。機体をコントロールできる状態にあり、事故をなるべく小さくみせるため、「墜落」という表現を避けている気がしてならない。基地負担の実質を言葉や数字の粉飾によって惑わされてはならない。








沖縄から見える反米と石油禁輸の光景

 

 北朝鮮が8月29日、弾道ミサイルを発射し日本上空を通過させると、このニュースでテレビは一日中もちきりとなった。トランプ大統領と安倍首相は2日連続して電話会談を実施し、それぞれ「今は対話のときでない」などと北朝鮮への圧力を一層強める方針を明らかにした。

確かに、弾道ミサイルの発射は日本の安全にとって脅威であるものの、一日中大騒ぎする必要があったのだろうか。大きな疑問が残る。緊張をあおっているように思えてならない。76年前、孤立を恐れず国際連合を脱退、国際的な圧力に怯むことなく国民に「鬼畜米英」と反米意識を煽り、石油禁輸で開戦に追い込まれた日本の姿が蘇る。

 利害関係のない第3国の目からみれば、「自衛のため」と弾道ミサイルと核兵器の開発を進める北朝鮮に絶対的な正義を認められないのと同様に、すでに北朝鮮の首都をはじめ各地に圧倒的な量の核兵器を打ち込める能力を持つアメリカと、その核の傘に頼る日本にも絶対的な正義は認められない。そもそも国際関係において絶対的な正義など存在せず、交渉で決めるしかない。

 日米の基地政策に振り回されてきた沖縄の視点に立てば、日米首脳の発言もそのまま受け取れない。北朝鮮が、アメリカの軍事行動を弾道ミサイルや核開発の口実に使っているように、日米政府も北朝鮮の挑発を利用して政権に有利な状況をつくり出しているように思えてならない。北朝鮮との緊張関係が高まり、強い態度に出れば、日米の両政権は低迷する支持率の浮揚につなげられる。

 日本は安全保障面で米国への依存がさらに大きくなり、米国にとっては日米間の交渉を有利に運べることになる。日本は軍事予算の枠を広げ、米国は日本へ高価なミサイル迎撃システムをはじめ多額の軍事装備を販売できる。また、沖縄との関係でいえば、「北朝鮮の脅威」を叫べ叫ぶほど、普天間基地の辺野古移設の必要性が際立ち、世論の支持を得て新基地建設が容易になる。










オスプレイが飛び続ける理由

 

 報道によれば、防衛省は8月11日、オスプレイの飛行を容認すると発表した。オーストラリア沖で同月5日、普天間基地所属のオスプレイが墜落事故を起こし、飛行自粛を米軍に要請していたにもかかわらず方針を一転させた。構造的な欠陥はなく安全に飛行できるとする米軍の説明を受け入れたという。

 しかし、事故原因が何だったのか、何をもって安全と判断したのか具体的な内容は明らかにされていない。これまでもオスプレイは機体トラブルや事故を起こしても原因について具体的な説明のないまま飛行を再開した。抑止力のためには、オスプレイを配備し、継続的な訓練で飛行技術を維持する必要があるといわれてきた。

 こうした主張を聞くたびに、なぜオスプレイにこだわるのかという疑問がわく。日本の自衛隊も、必要性に関する議論も聞かれないままオスプレイ導入を決めた。従来機に比べて輸送能力が高いとか、航続距離が長いとか性能が優れることが挙げられるが、基本的には輸送機である。しかもトラブルや事故が多い。高性能の輸送機があるから攻撃を控えようという思考が、敵対国に生まれ抑止効果が働くだろうか。むしろ、多くの軍需産業とオスプレイが深く結びついているからという米国メディアの指摘の方が説得力を持つ。弊社から発刊された『データで読む沖縄の基地負担』でも、この説を以下のように紹介している。

「米雑誌『タイム』2007年9月26日号(『オスプレイ配備の危険性』の翻訳より)は、開発中に数々の問題を指摘されながらオスプレイが生き残ったのは軍需産業の影響力だったと分析する。それによれば、ジョージ・ブッシュ政権(1989年~1993年)下で国防長官を務めたディック・チェイニー氏はオスプレイ開発計画を何度も打ち切ろうとしたが、MV22の主要メーカーのある州選出議員がオスプレイを生き残らせるために「ティルト・ローター・テクノロジー同盟」を創設。40州以上に散らばる2000社近いオスプレイ部品業者もこれを援助し、それぞれの州の出身議員に開発計画の続行を働きかけたという」









北朝鮮のICBMと沖縄の基地

 沖縄では、米戦闘機の訓練が急増している。地元紙によれば、7月26日に嘉手納基地について周辺自治体が4時間行った目視調査では、離着陸やタッチアンドゴーを183回確認した。2カ月半ほど前に実施した同様の調査結果の4倍以上に相当する。また、今年5月から7月に周辺3市町に届けられた苦情は216件。昨年の同じ時期は85件だった。

確かに、那覇市内でもここ数カ月、上空を飛ぶ戦闘機は確実に増えている。以前はたいてい1、2機程度でぽつりぽつり飛行していたのが、最近は上空を頻繁に行き来し、編隊を組むこともよくある。4機まとまっての飛行も珍しくない(写真は4機編隊で那覇市上空を飛ぶ戦闘機)。

 戦闘機が存在感を増していることは、7月29日、ICBMとみられる弾道ミサイルを日本近海に向けて発射したように、北朝鮮がミサイル実験を重ねていることと無関係ではあるまい。北朝鮮の核とミサイルに対して、日本は米国と歩調を合わせ、武力による威嚇と経済制裁で抑え込もうとしている。しかし、ミサイル発射のたびに日本政府は「断固抗議」「制裁を強化する」を繰り返すばかり。今のところ目立った効果が表れていないのは確かだろう。

米国の軍事力・政治力がかつてほど圧倒的でなく、複雑に利害関係が入り組んだ国際社会の中で、日本から見た正しさばかりを振りかざしても、本気で協力する国はそれほどないせいだろう。そろそろ、米国頼みで力による封じ込めを目指す北朝鮮政策から転換する必要があるだろう。















お試し安保と改憲に普天間移設

 この国をどうやって守っていくか。国の根幹にかかわる制度が最近、正面からの論戦を避け、なし崩し的に変えられているような気がしてならない。5月に入って、海上自衛隊の護衛艦が米軍の艦艇を守る「米艦防護」が初めて実施された。昨年3月から施行された安保法によって可能となった自衛隊の新任務である。

 確か、安保法を成立させる前は、国外で危機に瀕した女性やお年寄り、子供を脱出させ日本まで安全に米艦艇が運ぶ際、自衛艦がこの米艦艇を守るケースが具体例として示された。「こんな時に出動しなくて何の自衛隊か」「弱い人たちを見捨てるつもりか」など、まったく情に訴えるやり方だった。

しかし、今回行われた実際の任務は、命からがら逃げる日本人とはまったく無関係であり、単に米海軍の補給艦を護衛するだけ。やはり米軍と一緒に作戦展開をしたかっただけではないかと疑いたくなる。しかも、北朝鮮による攻撃危機が煽られ、力には力で対抗するタカ派的安全保障論が支持を受けやすく、さらに国会論戦になりにくいゴールデンウィーク中に仕掛けられている。

 5月3日の憲法記念日にも、とにかく「憲法を変えよう」とノロシをあげるが、反発が強い9条についてはあまり強調せず、教育の無償化など抵抗の少ない項目を前面に出す。政府がこの時期、普天間基地の移設工事で本格的な埋め立て工事に突入したのも、同じようになし崩し的、目立たずに沖縄の米軍基地強化を図りたい意図が透けてみえる。







映像イメージの北朝鮮と沖縄

 最近、北朝鮮関連のニュース番組では、4発の弾道ミサイルが連続して発射されるシーンと、海岸に並べられた長距離砲やミサイル砲が次々と火を噴くシーンが繰り返し流される。専門家によれば、あのように1カ所にミサイル発射装置や長距離砲をまとめて配置することは敵の攻撃によって破壊されやすくなり実践的ではないという。

おそらく、実践は無視して映像としてのインパクトを狙って北朝鮮側が映像をつくっていることは、日本の番組制作者たちも理解しているだろう。ではなぜ繰り返しニュース番組で使うのか。インパクトがあるからだろう。テレビは短い時間で視聴者の興味を引きつけなければならない。米国の全土を火の海にしてやる、などとかなり刺激的な映像や文面を前面に出す北朝鮮ニュースを繰り返し流すのも同じ理由だろう。

映像イメージは怖い。繰り返し見ているうちに印象が固定化し、それが真実に思えてくるからだ。かなりの割合でハッタリや虚勢が含まれていても、視聴者は不安を煽られ無視できなくなる。北朝鮮側はもともと、そのあたりを意図して映像やニュース文面を制作している。日米政府内部では、政権支持率の底上げに利用しようとしたり、軍備増強の追い風に生かそうとしたりする意図が透けてみえる。基地に批判的な沖縄の動きも、ほとんど霞んでしまう。

 ちなみに、沖縄の基地問題といえば、大抵ニュースで取り上げられるのは、機動隊と反対派住民がもみあっているシーンや、集会で反対派が拳を振り上げているシーンである。なぜか。北朝鮮関連の映像と同じ理由だろう。最もインパクトがあるから。しかし、これは基地問題の中のほんの一部にすぎない。沖縄の基地問題といえば、いつも反対、もめている、ごちゃごちゃ不満を言っているというイメージが固定化しなければいいが。








沖縄の米軍基地と北朝鮮をめぐる危機 

最近、那覇市の上空を頻繁に軍用ヘリが行き交っている。メディアで盛んに煽られている米国と北朝鮮の軍事衝突危機に関係しているのだろうか。報道によれば、嘉手納基地では戦闘機を並べて北朝鮮を威嚇する映像が制作されたという。ふだんは在日米軍の必要性を声高に説くメディアも、軍事衝突が起きれば、国内で最初に攻撃の対象となるという視点から沖縄を語ることはない。

全国放送のテレビ番組は、米国と北朝鮮の一歩もひかない「勇ましい掛け声」を垂れ流したり、無味乾燥の数字を並べて江核戦争の恐ろしさを解説したりするだけ。日本政府の立場に関しては、とにかくトランプ政権についていくしかなく、朝鮮半島からの日本人の退避や北朝鮮からミサイルが発射された場合の避難方法など、今、真剣に議論すべきテーマかピントはずれの話題ばかりが流れてくる。

必要なのは客観的に冷静に判断できる材料であり、軍事衝突を回避するために何が行われ、どのような可能性があるかが議論されるべきだろう。安全保障の専門家ではないので、本当に軍事衝突が起こるのかどうか分からないが、はっきりしているのは、漠然とした不安や敵意が吹き荒れる中、「勇ましい掛け声」を好む人たちによってトランプ政権や安倍政権の支持率が上向くことである。








「基地依存」にまつわる沖縄神話

 

 1月16日夜、琉球放送の番組「好きか嫌いか言う時間」で、新たなカジノ建設の候補地として、堀江貴文氏が「沖縄」を挙げた。理由は「基地依存をしている」からであり、新たな産業振興の起爆剤になるという趣旨の発言をした。さらりと「基地依存」に触れ、その具体的な内容を説明したわけではなく、まもなく他の話題に移ったが、「基地依存」という言葉は、誤った神話や偏見を生み出しかねないだけに慎重に使うべきと思った。

 沖縄県では、歳入に占める基地関連収入の比率が2割を超える自治体があるものの、全県41市町村のうち4つにすぎない(2013年度)。県全体では県民総所得に占める基地関連収入の比率は、本土復帰直後の15.5%から2013年の5.1%まで低下している。どういう文脈かにもよるが、ややもすると「基地依存」だから沖縄経済に基地は欠かせないとか、基地がなくなってほしくないと県民は本心では考えているという主張の論拠にされてしまう。しかも、基地関連収入ばかり強調され、どのような不利益を被っているか説明はない。中には、「基地依存」にもかかわらず基地に反対するのは政府からより多くの補助金などを引き出すため、などという論調もある。

 最近、沖縄の反基地運動に対して批判的なメディアが見受けられる。沖縄タイムス1月11日付は、1月2日の東京MXテレビの番組「ニュース女子」で、東村高江の米軍ヘリパッド建設について「過激派が救急車も止めた?」「反対派は日当をもらっている?」など事実誤認が繰り返されたと指摘する。

米国政府や米軍の関係者も同様の発言をしている。2010(平成22)年10月、米国務省日本部長(当時)のケビン・メイア氏は同省内で開いた米学生向けの講演で、沖縄について「合意重視の和の文化をゆすりの手段に使う」「ごまかしの名人。怠惰でゴーヤーも栽培できない」などと述べ翌年、更迭された。

2012(平成24)年9月、在沖総領事が着任の記者会見で「普天間飛行場は特に危険であるとは認識していない」「歴史の流れの中でどうして周りに(住宅が)密集したか不思議だ」と述べた。2015(平成27)年2月、北部訓練場の司令官が、東村高江のヘリパッド建設に反対して座り込む市民らを「東京の共産党かNPOか分からないが、お金をもらっている」と決めつけた。










トランプ政権と沖縄

最近は那覇市の比較的低空を飛ぶ戦闘機の姿をよくみかける。飛行形態も以前は1機単独か2機のペアぐらいだったが、写真(1月11日撮影)のように4機編隊も珍しくなくなった。オスプレイも7日から空中給油を再開したと報じられたが、より実践的な訓練を試みているのだろうか。12日に開かれた米上院軍事委員会の指名承認公聴会で、国防長官の指名を受けている元中央軍司令官がロシアや中国の脅威や懸念がかつてないほど高まっていると発言したことに通じるものがあるのだろうか。

 20日に発足する米国の新政権について、トランプ次期大統領が過激な発言を繰り返す一方、政権の具体的な方向性を見せてないこともあって、日本への悪影響を危ぶむ声がよく聞かれるが、沖縄にとっては、在日米軍基地を根本的に問い直す良い機会になるかもしれない。

戦後、米国のためか、日本のためか、目的は何か、はっきりした説明や議論のないまま、「日米同盟」という曖昧な言葉のもとに、広大な米軍基地が沖縄に置かれ続けた。東南アジア、台湾、中国など紛争が予想される地域に近いメリットがあるかもしれないが、ミサイル技術が発達した現代において、近い場所にまとまった基地があることは逆に攻撃を受けやすいと指摘する専門家もいる。

いずにせよ、トランプ次期大統領が発言したように「100%日本が駐留経費を負担しなければ米軍は撤退」までいかなくても、経費の負担増を求めてくることは十分予想されるため、この要求を拒否するにしろ応じるにしろ、在日米軍基地は何をどう守るためにあるか、真剣な議論が必要になろう。基地はどの程度の規模が適正かという議論も出てくるかもしれない。少なくとも沖縄にとっては基地の見直しのきっかけになる可能性を秘めていよう。








沖縄から見える首相の真珠湾訪問

1228日、ハワイの真珠湾を訪問した安倍首相のニュースがテレビで大々的に流された。画面の向こうの安倍首相は、太平洋戦争を激しく戦った日米が和解し強固な同盟関係を築いたと盛んに強調していた。今年5月オバマ大統領の広島訪問を実現させたことを併せて思い浮かべれば、安倍首相を平和主義者のリーダーと錯覚する人が増えるかもしれない。

しかし、沖縄からは、平和主義者としての振る舞いも何か都合の悪い部分を隠すためにしか見えない。前日の27日には、政府は翁長知事をはじめ沖縄の強い反対にもかかわらず、普天間基地の辺野古移設工事を再開した。安倍首相が強調した日米同盟も、1950年代、全国的に反米軍基地運動が広まり大きく揺らいだが、海兵隊など多くの米軍基地を本土から沖縄に移すことによって抑えられた。つまり、負の側面を本土から隠すことによって同盟が維持された。日米同盟は健全な二国間関係によって育まれたかどうか問い直すべきである。

日米両国が和解の歩みを続けること自体は歓迎すべきだろうが、それによって現実を見る目を曇らせてはいけない。プーチン・ロシア大統領の訪日によって目立った成果が出なかったことや、昨年から今年にかけて安全保障関連法案の成立や憲法9条の改定論議によって武力増強への動きが際立っていることも忘れてはならないだろう。










飛行再開で那覇市上空にもオスプレイ 

1213日に名護市安部の浅瀬で大破する事故を起こして以来、停止していた米軍輸送機オスプレイの飛行が19日、再開された。さっそく那覇市上空にも午後5時半ごろ現れ、独特のプロペラ音を響かせて普天間飛行場方面へ悠々と飛んで行った。政府は、オスプレイの機体そのものは安全とみなして飛行再開を受け入れたとしているが、事故を起こした機体の回収も終わらない状況で、何を根拠に安全と判断したか今のところはまったく分からない。

米軍や政府が、最初に「不時着」という言葉を使った時点から、事故を小さく見せようとする意図を感じないではいられない。オスプレイの機体がバラバラの光景を目にすれば「墜落」がふさわしいことは明らかだろう。今回の事故以前にも、米軍がオスプレイの事故を矮小化し安全性を強調する傾向を、元関係者が指摘している。弊社の『データで読む沖縄の基地負担』が次のように説明する。

「米軍や日本政府がオスプレイを安全とみなす根拠として事故率の低さを挙げるものの、データの見せ方や分類に問題があるとする声もあがっている。防衛・外務省が発表した「MV22オスプレイの沖縄配備について」などの資料では、10万飛行時間当たりのクラスA(※2)事故の発生率が海兵隊平均の2.45に比べMV22オスプレイは1.93と低いとして、より安全のように記述されている。

しかし、飛行事故についてクラスB(※2)は、海兵隊平均の2.07に対してオスプレイが2.85、クラスC(※3)については海兵隊平均3.53に対してオスプレイが11.45と、いずれも高い。クラスAの事故についても、普天間基地でオスプレイに取り換えられるCH461.11と比べれば、これを上回っている。しかも、海兵隊が1991(平成3)年以降に発生したMV22のクラスA事故を7件と発表しているのに対して、元米海兵隊大尉で軍事評論家のカールトン・メイヤー氏は、本来はクラスAであるはずの多くの事故が「地上の事故」と分類されたり損害額を算出しなかったりするなどして除外されており、実際には少なくとも23件発生していると指摘する。(★1 

2 クラスA クラスB クラスC(事故のクラス分け)

事故を被害に応じて、クラスA(政府への被害総額が200万ドル以上や死者の発生)、クラスB(被害総額200万ドル未満50万ドル以上や重い後遺症者の発生)、クラスC(被害総額50万ドル未満や軽傷者の発生)の3つに分類される。

1:琉球新報2012年9月20日、1012日付」

 








軍用機飛び放題の沖縄の空

 

 今週、那覇市の空には頻繁に軍用機が行き交った。まず、目立ったのはヘリとオスプレイ。週前半には、珍しいヘリの3機編隊が低いところを飛び、写真のようにオスプレイが、市街地ど真ん中にある自宅上空の真上を通過していった。新聞報道によれば、オスプレイ3機が1122日夜、宜野座村の民間地上空を2時間にわたって旋回。24日には普天間飛行場に米空軍のC5ギャラクシーとみられる超大型輸送機が着陸した。米軍では部隊の交代期にあたり、普天間飛行場では大型輸送機の飛来が相次いでいるという。






各国の思惑入り乱れる沖縄

1018日、比較的低空で那覇市上空を飛ぶ戦闘機を何度も見かけた。この写真を撮影した時は、2機がかなり接近して比較的低空で飛行していた。ここ数日は、オスプレイも頻繁に通過。前日は午後10時近くまで、オスプレイ独特の爆音が鳴り響いた。

地元紙の報道によれば、嘉手納基地では同日早朝に米サウスカロライナ州基地所属のF16戦闘機10機が飛来し、午前8時から午後1時までF15戦闘機などがタッチアンドゴーを100回ほど繰り返したという。いずれにせよ、沖縄は頻繁に軍用機が行き交っている。今年は北朝鮮がミサイル発射や核実験を繰り返していることと関連するのだろうか。

先日の全国メディアの報道によれば、次期最新鋭戦闘機F35は沖縄でなく、三沢に配備される。F35は非常に高価であるため、中国のミサイルに狙われやすい沖縄には配備できないと防衛省が判断しているそうだ。

こうした報道や最近の米軍の動きから浮かび上るのは、武力衝突が起きかねない沖縄である。近海では中国の軍用機や軍艦の出没も伝えられる。各国が沖縄周辺で活動し挑発し仮装敵国の出方や方針をうかがう。場合によっては実際に火花を散らすことも厭わないのかもしれない。各国にとって主要な領土から離れた沖縄は、小競り合いをするには最適の場所。沖縄戦と同じく再び、本土を守るために「捨て石」になりかねない。









北朝鮮政策と辺野古移設

 

 安保法制の成立から1年。反対勢力を力で抑え込もうとする安倍政権の姿勢がより鮮明になっている。米軍普天間基地や本島北部ヘリパッドの移設工事では対決の構図が強まるばかりである。

辺野古埋め立て工事承認の翁長知事による取り消しめぐって先日、福岡高裁那覇支部の判決は違法と認定。たった2回の口頭弁論で、普天間基地の移設問題は「辺野古が唯一の解決策」と判断するとともに、県民が選挙で辺野古移設反対の民意を示しても、基地負担の軽減につながることから問題ないともしている。政権の意向にはぴったり寄り添った内容であり、司法の独立をまったく感じさせない。政権首脳の方針に反発・疑問を許さない北朝鮮を笑えないだろう。

その北朝鮮といえば、弾道ミサイルの発射を繰り返し5回目の核実験に踏み切った。核兵器を含め攻撃技術を進歩させているのは確実であり、日本政府がこれまで繰り返してきた「日米同盟の強化」や「厳しい経済制裁」だけでは、北朝鮮や関係の深い中国の歯止めにならならいことは明白だろう。複雑に政治・経済利益が絡み合い、情報ネットワークが広く張り巡らされた現代では、1国が他国を経済力や技術力で勝つことはできても、完全に圧倒し屈服させることは難しい。力で抑え込むだけの戦略から切り替える必要があるだろう。

 






環境問題から捉える辺野古問題

 米軍普天間基地の辺野古移設は、沖縄の重い基地負担という面から語られることが多いが、環境問題という面からもじっくり語られるべきだろう。弊社の新刊『データで読む沖縄の基地負担』では次のように解説している。

「辺野古沖を含む大浦湾一帯のサンゴ礁は、世界的にみても最も多様な生き物が生息する場所として知られる。近年、沿岸部の工事や汚染によって琉球列島の多くの場所でサンゴ礁が失われる中、大浦湾一帯は開発による大きな被害を免れた貴重な存在といえる。

 新基地建設にあたって沖縄防衛局や県が作成した資料(※1)でも、大浦湾は豊かな生態系が残ることが指摘される。それらによると、大浦湾一帯の海では、5334種もの生物が記録され、その中には262種の絶滅危惧種が含まれる。具体的には、環境省や沖縄県のレッドリストに記載されている、次のような生き物の生息が確認されている。

【藻類】

・リュウキュウアマモ(準絶滅危惧種)

・リュウキュウスガモ(準絶滅危惧種)

・ホソエガサ(絶滅危惧Ⅰ類)

・クビレミドロ(絶滅危惧Ⅰ類)

・ウミフシナシミドロ(絶滅危惧Ⅱ類)

【節足動物】

・コムラサキオカヤドカリ(準絶滅危惧種)などオカヤドカリ類4種(国指定天然記念物)

【魚類】

・トカゲハゼ(絶滅危惧ⅠA類)

【爬虫類】

・アオウミガメ(絶滅危惧Ⅱ類)

【水鳥類】

・ベニアジサシ(絶滅危惧Ⅱ類)

・エリグロアジサシ(絶滅危惧Ⅱ類)

【哺乳類】

・ジュゴン(絶滅危惧ⅠA類、国指定天然記念物)

 大浦湾のオソエガサは沖縄本島でも有数の分布規模を誇る。ジュゴンの食み跡も発見されており、一帯は生息域と考えられる。ユビエダハマサンゴ群落や大規模なアオサンゴ群落も確認され、多くのサンゴ群集が良好な状態で生き残っている。

同湾へ流れ込む大浦川と汀間川の魚類相は、琉球列島の中でも屈指の多様性を備え、貴重種も極めて多い。大浦川の河口に広がるマングローブ林は大浦湾も含め、生態系の豊かさから、環境省の「日本の重要湿地500」に選定され、ラムサール条約登録湿地の国際基準を満たす潜在候補地としても認められている。新基地建設予定地と周辺地域は、「自然環境の保全に関する指針(沖縄島編)」(1998年2月、沖縄県)において「自然環境の厳正な保護を図る区域」であるランクⅠと評価されている。

1沖縄防衛局や県が作成した資料

沖縄防衛局が201112月に県に提出した環境影響評価書および、その環境影響評価書について2012年2、3月に示された県知事意見」









のどかな離島でも軍事訓練

沖縄本島と久米島の間に横たわる渡名喜島の港で、ぼんやりと夕日を眺めていたときのことである。2機の黒い軍用ヘリが静寂を切り裂き重い羽音を響かせて視界に飛び込んできた。2機はしばらく入砂島の上を旋回している。入砂島は、渡名喜島の沖合に浮かぶ小さな無人島。水滴のような形をした平たい島であり、NHKドラマ「ちゅらさん」のオープニングにも使われたことでも知られる。

 2機の軍用ヘリはしばらく入砂島の上をぐるぐる回った後、1機が空中でホバリングをしながら止まり、もう1機が島の上をなめるように飛び回る。「ダッ、ダッ、ダッ、ダッ」という音が響く。火花が見えないから実弾ではないだろうが、空砲を撃っているようだ。おそらく、1機が島へ兵士を降ろすか、島から兵士を引き上げ、この作業がスムーズにいくようにもう1機が敵を攻撃し威嚇するという想定だろう。

沖縄に10年住み米軍基地もちょこちょこ見に行っているが、射撃音を聞くのは初めてである。こんなのどかな島で生々しい訓練が行われるのかと思う半面、肝心なことこそ、人目につかない場所と時間に行われるという政治のしきたりを思い起こした。リオ五輪での日本人選手の活躍に世の中が湧く中、沖縄県・高江ではヘリパッド建設が推し進められる。反対する車両が排除され、抗議の市民が排除・逮捕されている。








高江ヘリパッドと民主主義

 写真は東村高江を流れる新川川であり、あたりは静かなヤンバルの森が広がる。その高江では7月22日、米軍北部訓練場のヘリパッド建設工事が再開。全国各地から集められた大勢の機動隊員たちが反対する市民たちを実力で排除する姿がニュースで流れた。こうする以外に方法はないのか。暗く重い気持ちになる。ヘリパッドが完成すれば、オスプレイなどの訓練が本格化する。

 同じ沖縄本島北部で、米軍普天間基地の代替施設として新基地建設が計画されている名護市辺野古と同じ構図である。沖縄の基地負担を軽減するから、同じ沖縄に別の基地を造らせろという。終戦後まもない時期から米軍基地を押し付けてきたのだから、少なくとも本土で引き受けるのが筋であろう。しかも、沖縄の一部の政治家を振興策というエサで巻き込んで、日米政府が勝手に決めた内容でも「同意を得た」と押し切る。

 沖縄で近年実施された国政選挙では、新基地建設について「NO」の結果が出続けている。衆院選にしても参院選についても沖縄選挙区はすべて与党候補が敗れている。新基地建設に反対ならば沖縄が代替案を出すべき、という声が政府側から聞こえてくるが、長年迷惑施設を押し付けられてきた側が代替案をつくらなければならないのだろうか。

安倍政権は少なくとも沖縄の基地政策について傲慢さが目立つ。国政選挙で勝ち国民の信任を得たと自信を深めているのだろう。誰しも平等に不利益を被る政策については多数決で決めるのも仕方ないだろう。しかし、一部の地域や人々だけが不利益を被る政策を多数決で決めれば「多数の横暴」である。何についても多数決で決めることが民主的ならば、大多数の人が「気分がすっきりする」「煩わしいことがなくなる」として、特定の少数の人をいじめたり不愉快なことを押し付けたりしても「民主的」になってしまう。








都知事選騒動の陰で新施設着工

 

 地元紙の報道によれば、政府は7月22日にも沖縄本島の米軍北部訓練場でヘリパッドの建設を開始するという。北部訓練場のヘリパッドといえば、北部訓練場の一部を返還するから、残る訓練場内に新しいヘリパッドを建設するという事業である。普天間基地の辺野古移設の陰に隠れがちだが、「沖縄の基地負担軽減」の題目を唱えながら県内で基地をたらいまわしにする構図は辺野古移設とまったく同じである。

 「基地負担軽減」を掲げる事業計画そのものにまやかしの論理が透けてみえるが、着工のタイミングにも政治的意図が見え隠れする。工事を強行する政府側とこれに反対する住民側がもめて注目を集めれば参院選に影響が出かねないと配慮し、ちょうど参院選が終わってまもないこの時期を選んだのは明らかだろう(参院選では配慮もむなしく沖縄選挙区の自民党候補は落選したが)。しかも、参院選がかすむほど都知事選がメディアの関心を呼び、今回のヘリパッド着工が報道されにくい状況にある。都知事選は政策の議論というよりは先の読めないドラマ展開で盛り上がる。政府側は辺野古工事の再開も模索しているという。









EU離脱と沖縄の基地

 前回に続いて選挙の争点について語ろう。EU離脱をめぐる英国の国民投票では、移民、市場開放、貧富の格差、国家間の利害調整など多くの問題があぶり出しれた。問題そのものは社会の歪みや分裂を招く要因であるが、問題が存在する以上は、国民の前に示さなければならない。

 一方、日本おいては、特に与党側は、現状を少しずつ変えることによって安全保障は守られ経済成長を続けられると、非常に耳ざわりのよい話しか出さない。本当だろうか。耳ざわりのよさが嘘であることは、沖縄の現状が端的に象徴する。日米同盟に伴う負担は、在日米軍の専用施設の74%が集中する沖縄が担ってきたから、ほかの地域では議論の対象にならなかっただけである。

 沖縄では日々間近でみているから、治外法権のような米軍を駐留させておくことが独立国家として正常なのか、米軍は治外法権状態でよいのか、本当に米軍は日本を守るのか、日本を守るとしても駐留米軍の規模は適正なのか、日本のどこに配置することが適正か、さまざまな疑問がわく。安全保障は国全体の問題だから、これらは国全体で話し合い、米軍の駐留を負担すべきだろう。しかし、沖縄県外に駐留が分散すれば、各地で反対運動は起き、米軍駐留は国を二分する争点になりかねない。だから、米軍駐留は沖縄に封じ込めておくべきと政府は考えるのだろう。

 経済成長についても同じことがいえよう。市場開放や移民流入をめぐるEUの混乱を、日本の政府与党は対岸の火事のように眺めている。しかし、日本のように人口縮小社会において、市場開放や移民流入なしで確実な経済成長が可能だろうか。可能と言い切るならば、リスクなしに高額の配当が得られる金融商品サギにしか聞こえない。いくら技術革新で生産を効率化し拡大しても、買い手が増えなければ経済は大きくならない。着実な経済成長を目指そうとすれば、国内外に商品の買い手を増やすために、人種・文化摩擦や従来型の産業衰退など社会の混乱を覚悟しながら市場を開放し移民を受け入れる。そうでなければ、混乱の少ない均質社会を守るため、市場開放や移民流入は最小限に抑え、静かに老成と縮小に向かう社会を目指すか。

 







基地被害を訴え続ける沖縄

 

 「元海兵隊員による残虐な蛮行を糾弾! 被害者を追悼し海兵隊の撤退を求める県民大会」(主催・オール沖縄会議)が6月19日、那覇市の奥武山公園陸上競技場をメーン会場に開かれた。当日は午後1時過ぎ、牧志駅からモノレールに乗ったが、5分間隔で運行しているにもかかわらず車内はすし詰め状態であった。

 大会は古謝美佐子さんが三線の弾き語りでしっとりと「童神」を歌い上げ後、参加者全員で事件の犠牲者に対して1分間の黙とうを捧げ始まった。主催者や来賓の挨拶が続くが、ほかの基地関連の集会に比べ、政治家の挨拶は少ない一方、犠牲者と同年代の若い人たちのメッセージが多かった。若い女性が犠牲となった事件を契機として開かれる大会であり、参院選が近いこともあり政治色を薄めようとしたのかもしれない。

 この日は沖縄の夏本番。照りつける太陽と地面から立ち昇る熱で、立っているだけで汗が吹き出す。陸上競技場はほとんど日陰がないにもかかわらず、会場は満杯に近く、外で大会出席者の挨拶やメッセージに耳を傾ける人もいる(主催者発表によれば参加者は6万5000人)。参加者の顔ぶれは、小さな子供を連れた若い夫婦から高齢者まで幅広い。沖縄における基地抗議集会の伝統といえるかもしれない。米軍統治時代はもちろん、現在でも米軍基地に対しては選挙で直接抗議の意志は示せず、こうした集会を開くことによってしか示せないからだろう。

 もちろん、抗議集会を開いたら、すぐに何かが変わるわけではない。しかし、抗議の意志を示さなければ、受け入れたことになる。抗議し続けることが沖縄の民主主義の強みである。今の本土の民主主義に欠けている部分でもあろう。選挙は大切だが、意志表示方法の一つにすぎない。為政者が好き勝手に解釈できる。直接抗議し声を挙げなければ、選挙の時だけ有権者を「主権者」と持ち上げ、選挙の時以外は有権者に顔を向けない政治家がのさばってしまう。








日米同盟を過信していないか?

 米国大統領選が注目を集めている。まだ誰が民主、共和両党の候補者になるか確定していないが、今のところ候補者の発言から「米国は他国を守る余裕はない。自国のことで手いっぱいなんだ」という米国の本音が透けてみえる。これは、今に始まったことでなく、冷戦が終結してから浮き彫りになっている傾向だが、最近より一層はっきりしてきた。

 日本国内では、中国の海洋進出や北朝鮮の核・ロケット開発に対する脅威が声高に叫ばれているが、一番頼りにするのは結局、日米同盟である。しかし、米国が日本にために本気になって動くことがあるだろうか。北朝鮮については実質的に野放し。中国に対して警告のサインは出しても、腰を据えて向き合うという覚悟はみえない。死活的な利益がある中東においては、欧州諸国と足並みをそろえイランの核開発に一定の歯止めをかけたことと比べれば、米国の本気度がより鮮明になろう。

 米国は世界の警察を自認する超大国から、単なる地域大国の一つへと着実に転換しつつある。米国が死活的利益とみなす問題以外について軍事介入をする意志はなく、東アジア問題はその死活的利益ではない。いつまでも冷戦時代のように、米国との強固な関係をアピールし、力に頼る安全保障だけでは、役に立たない空手形ばかり集めているようなもの。いいように米国に利用されるだけでなく、独自に外交ルートを築く機会を失いかねない。米国頼りの外交・安保政策からの転換が必要なことは明白だろう。







オスプレイ輸送を考える 

 

週末にオスプレイが那覇市上空を飛ぶことはほとんどなかったが、おととい土曜日(4月16日)は頻繁にオスプレイが通過していたので「珍しいな」と思っていた。今朝(18日)の報道では、熊本地震に対する支援物資の輸送に、普天間基地配備のオスプレイを投入するという。週末の動きと関連があったのだろうか。

被災地は水や食料など物資が不足しているといわれるが、物資の振り分けなど地上作業の人員不足が主な原因と聞く。なぜ今、オスプレイを引っ張り出すのか。本当に、日本人が操作する国内のヘリよりも、米兵が操作するオスプレイの方が役立つのだろうか。まず、思いつくのは、災害現場で活躍させることによって、日本国内で起きていたオスプレイへの反発や恐れを少しでも和らげようとしているのではないかという疑念である。まだ具体的にどこにどのような形で投入するのか分からないので、はっきりしたことは言えないが、今後の行方を注意深く見守る必要があろう。









問われない基地負担軽減の真偽

 那覇市上空が騒がしい。戦闘機やオスプレイに加えて、見慣れない大型機もたびたび目にする。写真は3月2日、自宅から撮影したもので、大型輸送機C17と思われる。数日前の夕方、新都心公園を散歩中にも同じ機体を見かけたが、公園が高台にあり距離がより近いせいか、夕暮れの空を覆う黒い巨大な鉄の塊のような威圧感を覚えた。このほか、最近は戦闘機の4機編隊など見慣れない光景も現れる。

 米軍普天間基地の辺野古移設を進める代わりに、「基地負担の軽減」を政府はアピールするが、中央メディアが実態を検証することは少ない。ここ1年ほどに限っても、嘉手納基地には10機を超える外来機の暫定配備が6回も行われている。つまり、負担軽減策として、米軍機の訓練を県外に移転したといっても、それ以上に外来機がやってきて訓練を繰り返すのである。嘉手納町議会はこの時期、沖縄防衛局などに4回抗議したが、外来機の飛来は収まる気配がない。











辺野古移設と宜野湾市長選 

 

1月24日投開票の宜野湾市長選で、政権与党が前面支援した現職の佐喜真市長が勝利し、政権幹部は「辺野古移設が認められた」的な発言をしている。しかし、佐喜真市長は選挙戦を通じて、「普天間閉鎖」は訴えても辺野古移設には直接言及していない。

辺野古反対派への反発を避けたり、普天間を閉鎖するためならば辺野古に基地を押し付けてよいのかという考えに配慮したりしたと考えられるが、実際、そうした狙いが奏功し当選に結びついた。それが、当選した途端、市長本人は発言していないものの、後ろで支援していた政府が「辺野古移設が認められた」と声をあげるのはいかがなものだろうか。詐欺まがいといわれても仕方ないだろう。

安保法制についても同じ手口がみられる。総選挙では、安保法制とぼんやりした言い方しかしなかったにもかかわらず、勝利後は「選挙で認められた」と主張し、集団安全保障にまでいきなり踏み込む。こうした「民意」の曲解は許していたら、民主主義の根幹が揺るぎかねない。





小泉進次郎人気と宜野湾市長選

 

1月20日、宜野湾市長選の応援演説に小泉進次郎衆議院議員が来た。全国的な人気を誇る小泉議員が招かれることに不思議はないが、驚いたのが当日の朝刊である。新聞を丸々1ページ使って、でかでかと演説会の広告が掲載されていた。「意見広告」の表示がつき、あくまでも「大演説会」と銘打っていていたが、実質的には宜野湾市長選をアピールするもの。選挙に関連した広告としてはまったく異例だろう。

小泉議員の人気は宜野湾市でも高いようだ。登壇するまでもみくちゃになり、登壇してからも多くの観衆が写真を撮ったり声援を送ったりと、誰が候補者から分からない状態。演説は宜野湾市の名産、田芋から入って自分と宜野湾市や応援する市長候補との関係について語った部分が多く、具体的な政策について触れることは少なかった。直接沖縄にかかわることの少ない小泉議員が、いきなり来て宜野湾市の政策について踏み込めないという面もあるだろう。

人気を差し引けば、国政上の大きな決定権があるわけでもない小泉議員が宜野湾市長選に来る必然性はほとんどないが、かなり競り合いになっている選挙戦(1月19日発表の地元紙世論調査)では、少しでも票の上積みになることをしたいという陣営の狙いが込められているのだろう。







宜野湾市長選や参議院選の予防線か 

連休明けの11213日は、那覇市上空は比較的低い高度で飛ぶ戦闘機の姿が目立つ。写真に見るように、灰色の塊でなく機体の細部が確認できるような高度である。今年も飛び放題で飛ぶぞと宣言しているかのようだ。

 1月13日の地元紙の報道によれば、1月24日に投開票が行われる宜野湾市長選や7月の参議院選について、安倍首相は国会で「安全保障に関わることは国全体で決めることであり、一地域の選挙で決定するものではない」と答弁したという。発言そのものは一つの論理かもしれないが、一地域とは明らかに、米軍普天間基地の移設先である沖縄県であり、選挙結果が出る前の発言であるから、地元沖縄としては穏やかな心ではいられない。

 これまで「辺野古が唯一の解決策」を繰り返してきた政府の文脈を踏まえれば、沖縄でどんな選挙結果が出ても安全保障のことだから無視するという宣言として読める。もし、安全保障が国全体の問題というならば、国全体でその負担を担う姿勢を示してこなかったのか強い疑問も湧く。インターネットで見たところ、この問題を全国メディアはほとんど取り上げていないようだが、地元紙は「民意ないがしろ」と激しく反発している。

安保法制をはじめとした各種政策を、「選挙で信任された」と強力に推し進める一方、政府の都合の悪い選挙結果が沖縄で出れば「国で決めること」と無視する。選挙結果を自分の都合で解釈を変えているとの批判は免れられない。近年、沖縄選挙区の衆院選や県知事選では辺野古移設反対派が相次いで勝利したことをにらんで、宜野湾市長選や参議院選で敗れた場合の予防線を今から張っているのかもしれない。









軍用機飛び放題の那覇上空

  

 ここ数日は軍用機が那覇上空を飛び交うことが多いような気がする。1216日や15日の那覇市内は、低く雲が垂れ込める天気。雲で機体を隠せることが訓練の好機なのか、戦闘機やオスプレイなどの軍用機が頻繁に通過した。しかも市の中心街をかなり低い高度で飛ぶ戦闘機の姿もみられた。15日の午後6時すぎころからはオスプレイが次々と飛んで行ったらしく、特有の爆音がしばらく続いた。

これまでも、戦闘機は早朝に比較的低い高度で飛び、昼間は高い高度で飛ぶ傾向があるように感じたが、最近の傾向をみると戦闘機が低高度飛行をする時は、市民の目につきにくい時間帯や天候を意識しているのではと考えたくなる。

1214日、ほかの用事のついでに、うるま市の米軍施設ホワイトビーチをのぞくと、自衛隊の補給船と掃海艇が停泊していた。補給船は長期の作戦展開に必要な物資を補給するのが役目であり、掃海艇は機雷の除去が役目。米軍の後方支援を強化しようとする政府の姿勢を象徴する光景である。

 






見え見えのディズニー宜野湾誘致  

  

最近、爆音を立てる米軍機が那覇市上空を普天間基地に向けて飛ぶ姿をよく目にする。ほぼ毎日であり、これが永遠に続くような気がしてくる。こんな県庁所在地がほかにあるだろうか。写真は左が12月1日のオスプレイ、中央が3日のヘリ2機編隊、右が7日のヘリである。

新聞などの12月8日の報道によれば、宜野湾市の佐喜眞市長と首相官邸で会談した菅官房長官が、同市の米軍跡地へディズニーリゾート関連施設を誘致する計画に対して全面的な支援を表明したという。

 いままでまったく話題にも上っていなかったディズニーリゾートの誘致話が、宜野湾市長選が近いこのタイミングで表に出て、政府が支援を約束するなんて、辺野古新基地建設に宜野湾市民を傾かせようという政府の意図が見え見え。沖縄県民をアメとムチでなくウナギの匂いだけで釣れるというのだろうか。辺野古埋め立て承認をめぐり県を裁判所に訴える新基地建設のゴリ押しや、名護市の頭越しに地元集落への補助金交付を決めるなど、金と権力にものをいわせた政府の振る舞いが最近目立つ。





提訴後の辺野古・抗議現場 

 

  

久しぶりに1119日、名護市辺野古、米軍キャンプ・シュワブのゲート前をのぞいた。以前は、国道をはさんでキャンプ側・海側に抗議テントが張られていたが、現在は反対の山側に張られている。山側のスペースを生かせるため、テント内のスペースは広くて新基地建設などに関連する展示物も多い。テントに来ている人は以前に比べ増えている気がする。この日で座り込み501日目。まだ真夏のような天気が続く沖縄では一日でも座っているのは楽ではない。

大浦湾を見渡すと、辺野古沖に台船が浮かびボーリング調査を行っているが、以前と比べ沖合に調査現場が移っているようだ。調査が終了に近づき、やがて埋め立て本体工事が始まることを意味するのだろうか。

今月に入り、警視庁の機動隊が投入され抗議行動の市民との対立が激しさを増す。17日には政府は、翁長知事の埋め立て承認取り消しは違法として福岡高裁那覇支部に提訴。安倍首相は19日、オバマ大統領と会談し、「辺野古移設は唯一の解決策だ、確固たる決意で進める」と述べるなど、一歩も引く気配がない。

20日の新聞記事が興味深い。放射能汚染物質を運び込む処理場について、環境省は宮城県内で建設するための調査を断念することを発表した。これに対して村井県知事は米軍普天間基地の移設計画を引き合いに出しながら「(国は)沖縄では頑張っているじゃないか」「住民が反対しているから何もやらないというのなら、沖縄もやめるべきだ。矛盾している」などと述べたという。村井知事の主張の重点は、住民が反対しても処理場の建設を進めるべきだというところにあるが、国の対応が地域によって異なることを浮かび上がらせている。オスプレイ訓練の一部を沖縄から佐賀空港に移転させる件で、地元反対で防衛相が撤回したことも記憶に新しい。






ヘリ護衛艦が米軍港に

1114日、久しぶりに勝連半島の米軍施設ホワイトビーチをのぞいてみると、海上自衛隊の護衛艦らしき艦艇が少なくとも10隻以上、付近の海域にみられた。桟橋に停泊するのは明らかにヘリ搭載の護衛艦である。3文字の船名が書かれ、はっきりと読み取れないが、おそらく「いずも」であろう。

いずもは今年3月25日に就役した海上自衛隊最大の護衛艦。全長248メートル、幅38メートル、基準排水量1万9500トンである。以前、同じ場所で同じヘリ搭載護衛艦ひゅうがを見たことがあるが、それより一回り大きい気がする。桟橋の反対側には海掃艇らしき3隻が停泊し、さらに周囲には数隻の護衛艦とみられる船が航行していた。何かの訓練のために沖縄の海域に現れたのだろうが、ホワイトビーチで海上自衛隊の艦艇をよくみかける。米軍施設を利用するとは、米軍との連携が深まっている証しだろうか。







辺野古をめぐる政府内の茶番 

 

最近、オスプレイを含め米軍ヘリが普天間基地へ向かう姿が、那覇市上空によくみられる。1026日は、自宅から比較的近い場所を飛び、1029日には珍しい2機編隊のヘリが通過していった。記事で何度も書いてきたが、戦闘機も含め米軍機は那覇市のような人口密集地域を飛ぶことに何ら遠慮がないようだ。むしろ、何かの想定をして人口密集地域の上を意識的に飛行しているとも取れる。本土ではほとんど見たことのない光景であり、沖縄では何でもOKになっているのではと疑いたくなる。

普天間基地の名護市辺野古への移設に伴う埋め立て事業で1029日、沖縄防衛局は本体工事に着手した。1013日、翁長知事が埋め立て承認を取り消したが、防衛省が承認取り消しの効力停止を国土交通省に申し立て。国交相が27日、効力停止を決定したためである。防衛省にしろ、国交省にしろ同じ安倍政権の一部。申し立てをする先が中立な第三者という考えなく、自分で申し立てをして自分で決めて、県知事の決定を覆す以外の何物でもない。国が決定すれば何でもできてしまい、この国には地方自治がない実情を端的に表している。





「辺野古監視3委員への寄付」を読む

名護市辺野古の新基地建設で、環境面から国に指導・助言する「環境監視等委員会」の3委員が、就任決定から約1年間で、約1100万円の寄付を受け、ほかの1委員が、受注業者と関係の深いNPO法人の理事を務め年間200万円の報酬を得ていた――こうした報道が1019日から20日かけて、テレビや新聞で伝えられた。

報道そのものが驚きだが、各自然・環境方面の専門家であり科学者の委員たちのコメントがさらに驚きものだった。「何らやましいことはなく、審議に手を加えていない」「寄付や報酬と委員就任は関係ない」。それはそうだろう。寄付をもらったので手心を加えましたとか、業者に便宜を図っていましたとか、発言するはずもない。委員本人が否定すれば、金を手にしたがゆえに意見を変えたとか、なかなか立証できるものではない。

しかし、「李下に冠を正さず」という言葉は誰でも知っているはず。利害の関係する企業や団体から金を受け取れば、手心を加えたと疑われるのは目に見えている。食事をおごってもらった、お歳暮をもらったとはレベルが違う。数十万円から数百万円であり、庶民からみれば大金である。たとえ法律や内規に違反しなくても、手にするべき額ではなく、それを受け取るならば委員を辞職するべきと考えるのが常識ではないだろうか。それとも、近年の科学者にとっては、何ら意図もなく「挨拶」や「好意」として受け取れる額なのだろうか。

それにしても、午後9時からのNHKニュースは、「不公正」を否定する委員のコメントに加えて、ダメ押しのように「問題なし」の菅官房長官の発言を伝えるばかりで、「報道されたけど、騒ぐべきではない」とでも言いたげだった。公共放送ならば、こうしたグレーゾーンの寄付問題を解説する報道も入れるべきではないかと思った。








ユネスコと辺野古とメディア攻撃 

 ユネスコが「南京大虐殺」の資料を世界遺産に登録したことに対して、ユネスコ分担金の支払いを停止すべきという意見が政府や政権与党内からあからさまに出ている。数カ月前、自民党の若手有志の会で、安保法制に批判的なメディアに対して広告の差し止めなど経済的な制裁を加えるべきという意見が相次いだこととまったく似ている。

自分たちの意見と異なる相手に対して、証拠を示したり論議を重ねたりして説得するのではなく、意見の対立点とはまったく異なる経済力で相手をねじ伏せようとしている。メディアへの制裁について与党幹部は過ちを認め会の関係者を処分したが、ユネスコについては与党や政府の幹部が先頭を切って「経済制裁」を発言している。ユネスコの件は「南京大虐殺」の真偽はともかく、意見の異なる相手に対しては論理よりも力に頼って解決しようとする現政権の本質が表れたのではないだろうか。

そうした視点からみれば、普天間基地の辺野古移設も同じ論理を感じる。辺野古移設も論理で説得するのでなく、「唯一の解決策」の一点張りを繰り返し力で押し通そうとしている。そして、何より怖いのは、力を誇示する日本こそ「美しい」として、過去の失敗や過ちに目をつぶり、「日本すごいぞ」のナショナリズムが社会に蔓延することである。






オスプレイの訓練強化と紛争のゲーム化 

 

沖縄では1010日、土曜日に雨が降ったのを境に、急に涼しくなり秋めいてきた。それまで真昼の日差し痛いほどで、朝晩も暑さが緩まなかった。これからは過ごしやすい季節になるが、米軍基地をめぐる状況はますます厳しくなりそうだ。

全国ニュースではほとんど伝えられなくなったオスプレイだが、10月7日発表の沖縄防衛局の調査によれば、オスプレイの離着陸回数は2014年度が2735回と、前年度に比べ1.6倍に増加。日米の騒音規制措置(騒音防止協定)で運用が制限される深夜・早朝(午後10時~午前6時)の離着陸回数は2014年度が137回と、前年度の2.3倍を記録した。オスプレイの県外訓練を増やし、沖縄の基地負担を減らすと政府は明言してきたが、逆に負担が強化されている実態が浮き彫りになった。

また、名護市辺野古の新基地建設をめぐっては翁長知事が13日にも、埋め立て工事の承認を取り消す見通し。安倍政権は何が何でも、辺野古沿岸を埋め立て新基地建設を実現する構えであり、工事現場での反対派との衝突や、中央政府と沖縄県の法廷闘争などさまざまな混乱が予想される。

このように、沖縄にとって憂鬱な季節が到来する根本的な原因の一つが、中国などに対する軍事脅威論だろう。中国が軍備を拡大し脅威が増しているから、対抗して沖縄の米軍基地を強化するのは当然という論理である。安保法制をめぐる議論でも、よくみられたが、対立の構図を非常に単純化し近所の喧嘩のごとくに例えている。悪い奴が武器を持って脅しをかけてきたら、こちらも武器を準備し仲間と連帯しながら、悪い奴が横暴な振る舞いをできないように抑え込む。当然ではないか、と軍事脅威論を振り回す人々は訴える。

しかし、近所の喧嘩と国家間の軍事的対立は異なる点がいくつもある。近所の喧嘩では、武器を調達し対決に備えるとしても、大した手間も費用もかからないが、国家間の衝突ならば、武器や軍隊の費用も手間も膨大なものになる。しかも一方が強化すれば、もう一方も対抗して強化し、冷戦時代の米ソのように果てしない軍拡競争に陥る可能性がある。

近所の喧嘩では衝突が起きてもけが人が出るくらいだが、国家間の衝突となれば、死者が出ることは十分考えらえる。1人でも犠牲者が出た場合、国家のメンツもあり、どう衝突を終わらせるかが難しくなる。2国間の政治的な関係はもちろん、経済関係への悪影響は長引く上、関係悪化は当事国だけでなく、それぞれの関係国や同盟国も巻き込み、経済的な損失は計り知れない。

こうしたコストや負担、損失を考えずに、軍事脅威論を振りかざしているような気がしてならない。「武力には武力で」とゲーム感覚で軍事力増強を煽る方向に時代の雰囲気が傾かないか心配である。










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